夢に杜国を見る

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夢に杜国(とこく)が事をいひ出(いだ)して、涕泣(ていきゅう)して覚む。

心神相交(まじわる)時は夢をなす。陰尽(いんつき)て火を夢見、陽衰て水を夢みる。飛鳥(ひちょう)髪をふくむ時は飛(とべ)るを夢見、帯を敷寝(しきね)にする時は、虵(へび)を夢見るといへり。睡枕記(すいちんき)・槐安国(かいあんこく)・荘周夢蝶(そうしゅうのむちょう)、皆其(その)理(ことわり)有(あり)て、妙をつくさず。我夢は聖人君子の夢にあらず。終日妄想(もうぞう)散乱の気、夜陰夢(やいんのゆめ)又しかり。誠に此(この)ものを夢見ること所謂(いわゆる)念夢也(ねんむなり)。我に志深く伊陽(いよう)旧里迄したひ来りて、夜は床を同じう起臥(おきふし)、行脚(あんぎゃ)の労をともにたすけて、百日が程かげのごとくにともなふ。ある時ははたはぶれ、ある時は悲しび、其志(そのこころざし)我心裏(わがしんり)に染て、忘るゝ事なければなるべし。覚(さめ)て又袂(たもと)をしぼる。

現代語訳

二十八日

夢に杜国の事を言い出して、泣いて目が覚めた。

心が互いに交わる時は夢をなすという。陰尽きれば火を夢に見、陽衰えれば水を夢見る。飛ぶ鳥が髪をくわえる時は飛ぶ夢を見、帯を敷いて寝ている時は蛇を夢見るという。『睡枕記』の邯鄲の夢の話とか、『槐安国』の南柯(なんか)の夢の話、『荘子』の胡蝶の夢の話などは皆その説いている道理があり、興味が尽きない。

しかし私の夢はそのような立派な聖人君子の夢とは違う。昼間は一日中妄想にとらわれ心乱れているが、夜の夢もまた同じく、心乱れて見ているのものだ。

本当に夢に杜国を見ることは、いわゆる念夢である。私に志深く伊賀の故郷までしたい来て、夜は床を同じくして寝起きして、旅の労苦を助け合い、百日ほど影のように従ってきてくれた。

ある時はふざけあい、ある時は悲しみ、その志が私の心の奥に染みて、忘れることが無いからこそ夢に出てきたのである。

覚めてまた涙に袂をしぼった。

語句

■杜国 とこく。芭蕉の門人。罪を得て三河に隠棲していたが、貞享五年(1688年)『笈の小文』の旅の時、芭蕉に誘われ、吉野・須磨・明石に遊んだ。元禄三年(1690)年3月、三河保美に死す。 ■涕泣 泣くこと。 ■心神相交時は夢をなす 「心神」は心・魂。『列士』に六種類の夢を挙げ「此の六の者は神と交る所也」とある。 ■陰尽て 「陰気壮(さかん)なれば則ち大水を渉(わた)りて恐懼(きょうく)するを夢み、陽気壮なれば則ち大火を渉りてハンゼツするを夢む」(列子)による。 ■飛鳥… 「帯をシきて寝れば則ち蛇を夢み、飛鳥髪をフクめば則ち飛ぶを夢みる」(列子)による。 ■睡枕記 邯鄲の夢の故事を記した「枕中記」の記憶違い? ■槐安国 槐の木の下で寝た時の立身出世した夢について書いた書物。南柯の夢。邯鄲の夢とともに人の世のむなしさを説く話として有名。 ■荘周夢蝶 荘周(荘子)が夢の中で蝶となり、目が覚めたがあれが夢だったのか今の自分が夢なのか、わからなくなったという話。 ■妙をつくさず 興味が尽きない。 ■妄想 もうぞう。雑念にとらわれ、ありもしないものをあるように思い込むこと。 ■夜陰夢 夜見る夢。 ■伊陽旧里 わがふるさと伊賀。「伊陽」は伊賀の中国風の言い方。 ■百日が程 貞享五年(1688年)2月から5月まで。『笈の小文』に記されている。

朗読・解説:左大臣光永

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