門人たちの消息

廿二日 朝の間雨降(ふる)。けふは人もなくさびしきまゝにむだ書してあそぶ。其ことば、

「喪に居る者は悲(かなしみ)をあるじとし、酒を飲(のむ)ものは楽(たのしみ)をあるじとす」

「さびしさなくばうからまし」と西上人(さいしょうにん)のよみ侍るは、さびしさをあるじなるべし。又よめる。

山里にこは又誰をよぶこ鳥

独(ひとり)すまむとおもひしものを

独(ひとり)住(すむ)ほどおもしろきはなし。長嘯隠士(ちょうしょういんじ)の曰(いはく)「客は半日の閑(かん)を得れば、あるじは半日の閑をうしなふ」と。素堂(そどう)此(この)言葉を常にあはれぶ。予も又、

うき我をさびしがらせよかんこどり

とは、ある寺に独(ひとり)居て伝(いい)し句なり。

現代語訳

二十二日、朝の間雨降る。今日は訪ねてくる人もないままにむだ書きして遊ぶ。その言葉、

「喪中にある者悲しみをあるじとし、酒を飲むものは楽しみをあるじとする」

「とふ人も思ひ絶えたる山里のさびしさなくば住み憂からまし」…訪ねる人もいない山里で、この寂しさがなければ、住むのがつらいだろう。寂しさがあるからこそ、住んでいられるのだ。西行上人がそう詠みましたのは、さびしさをあるじにしているからだろう。又、西行上人はこうも詠んだ。

山里にこは又誰をよぶこ鳥

独(ひとり)すまむとおもひしものを

(山里でこれはいったい誰を呼んで鳥が鳴くのか。独り住みたいと思っていたのに)

独り住むほど面白いものは無い。木下長嘯が曰く、「客が半日の静かさを得れば、主人は半日の静かさを失う」と。友人の山口素堂は常にこの言葉をあはれがっていた。

予も又、

うき我をさびしがらせよかんこどり

(心憂い私を、さらに寂しがらせてくれ。閑古鳥よ)

とは、ある寺に独りでいた時に詠んだ句である。

語句

■喪に居る者は悲をあるじとし… 「酒を飲むものは楽を以て主となし、喪にヰるものは哀を以て主となす」(荘子・漁父篇三十一)による。 ■さびしさなくばうからまし 「とふ人も思ひ絶えたる山里のさびしさなくば住み憂からまし」(山家集)による。 ■西上人 西行上人。 ■山里にこは… 「山里に誰を又こはよぶこ鳥ひとりのみこそ住まむと思ふに」(山家集)。 ■長嘯隠士 木下長嘯子(1569-1649)。木下勝俊。細川幽斉に学んだ歌人。豊臣秀吉の甥。大阪の役後、剃髪して京都に隠棲。 ■客は半日の閑(かん)を得れば… 「客はそのしづかなることを得れば、我はそのしづかなるを失ふに似たれど、おもふどちのからたひはいかでむなしからん」(山家記)。 ■素堂 山口素堂。山口信章。江戸の芭蕉の友人。 ■ある寺 三重県長島町の大智院。『おくのほそ道』の旅の後、元禄二年九月、大垣から伊勢へ向かう途中に滞在した時の句。初案「うき我をさびしがらせよ秋の寺」


暮方(くれがた)去来より消息(しょうそこ)す。

乙州(おとくに)が武江(ぶこう)より帰り侍るとて、旧友・門人の消息共(しょうそこども)あまた届(とどく)。其内(そのうち)曲水状に、予が住捨し芭蕉庵の旧(ふる)き跡尋て、宗波(そうは)に逢由(あうよし)。

昔誰(たれ)小鍋洗しすみれ艸(ぐさ)

又いう。

「我が住所(すむところ)、弓杖(ゆんづえ)二長(ふたたけ)計(ばかり)にして楓一本(ひともと)より外は青き色を見ず」と書て、

若楓茶色になるも一盛(ひとさかり)

嵐雪が文に

狗脊(ぜんまい)の塵にえらるゝ蕨哉(わらびかな)

出替(でかは)りや稚(おさな)ごゝろに物哀

其外(そのほか)の文共(ふみども)、哀(あわれ)なる事、なつかしき事のみ多し。

現代語訳

夕暮れ方、去来から手紙を送ってきた。

大津の門人乙州が江戸から帰ってきたということで、旧友・門人の手紙がたくさん届く。そのうち、膳所の菅沼曲水の手紙に、私が住み捨ててきた深川芭蕉庵の古き跡を尋ねて、宗派に会ったことが書いてあった。

昔誰(たれ)小鍋洗しすみれ艸(ぐさ)

(昔、誰がこのあたりで小鍋を洗ったりしたのだろう。今では昔のおもかげはなく、ただ菫草が生えているだけだ)

また言う。

「私の住みかは弓二張程度の広さで、楓一本より外は青い色を見ません」と書いて、

若楓茶色になるも一盛(ひとさかり)

(初夏の頃、楓の若葉が茶色く色づいて、まさに盛りの感がある。しかしそれも一時のことだが)

服部嵐雪の手紙に、

狗脊(ぜんまい)の塵にえらるゝ蕨哉(わらびかな)

(ぜんまいが、蕨の中から選別されて塵のように捨てられている)

出替(でかは)りや稚(おさな)ごゝろに物哀

(なじんだ奉公人が任期切れで別の人に交代するのは、幼心にもなんとなく寂しいよ)

その外の手紙もたくさんあったが、哀れな事、なつかしい事がとても多かった。

語句

■乙州 大津の門人川井又七。 ■武江 武蔵国江戸。 ■消息 手紙。 ■曲水 膳所本多藩士菅沼曲水。芭蕉に幻住庵を提供した。この頃江戸詰。 ■芭蕉庵 江戸深川の芭蕉庵。一度火事で焼けた。 ■宗波 芭蕉庵近くの禅僧で芭蕉と交流があった。江戸本所の定林寺の住職か。貞享(じょうきょう)4年(1687)『鹿島詣』の旅に曾良とともに同行した。 ■昔誰… 「昔見し妹が垣根はあれにけのりつばなまじりの菫のみして」(堀河院百首 藤原公実)を踏まえる。 ■弓杖二長 弓二張ぶんの長さ。 ■出替り 奉公人の任期が切れて交代すること。三月五日・九月十日。ふつう「出替り」といえば春の季語。

朗読・解説:左大臣光永

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