史邦、丈艸、乙州来る

千那大津に帰(かえる)。

史邦(ふみくに)・丈艸(じょうそう)被訪(とはる)。

題落柿舎 丈艸(らくししゃにだいす じょうそう)

深対峨峯伴鳥魚(ふかくがほうにたいして うぎょをともなう)
就荒喜似野人居(こうにつき やじんのきょににたるを よろこぶ)
枝頭今欠赤%#34412;卵(しとう いまかく せききょうのらん)
青葉分題堪学書(せいよう だいをわかちて しょをまなぶににたり)

尋小督墳(こごうのつかをたずぬ) 同(おなじく)

強攪怨情出深宮(たってえんじょうをみだして しんきゅうをいづ)
一輪秋月野村風(いちりんのしゅうげつ やそんのかぜ)
昔年僅得求琴韻(せきねん わづかに きんをもとめえたり)
何処孤墳竹樹中(いづこぞ こふん ちくじゅのうち)

現代語訳

落柿舎に題す 丈艸(らくししゃにだいす じょうそう)

深く峨峯(がほう)に対して鳥魚(うぎょ)を伴う
荒(こう)に就(つ)き野人(やじん)の居(きょ)に似たるを喜ぶ
枝頭(しとう) 今欠く 赤%#34412;卵(せききょうのらん)
青葉(せいよう) 題を分かちて書を学ぶに堪(た)えたり

嵯峨の峰を目の前にしている。林には鳥が飛び、川には魚が泳いでいる。

荒れ果てたすまいなので、野人の住居にも似ているが、かえってそれが喜ばしく思える。

柿の枝にはまだ赤い実がついていないが、
青葉に字や詩歌を書いて書を学ぶにはじゅうぶんだ。

尋小督墳(こごうのつかをたずぬ) 同(おなじく)

強(た)って怨情(えんじょう)を攪(みだ)して深宮(しんきゅう)を出(い)づ
一輪の秋月(しゅうげつ) 野村(やそん)の風
昔年(せきねん) 僅(わづか)に琴(きん)を求め得たり
何処(いずこ)ぞ 孤墳(こふん) 竹樹(ちくじゅ)の中(うち)

(小督は平清盛を恐れ、あえて不本意ながら宮中を出て高倉天皇のもとを離れ、ここ嵯峨に隠棲した。

まるい秋の月が輝き、野の村には風がふきしきっている。

昔、高倉天皇の命令を受けた源仲国は、ようやく琴の音で小督を探し当てたのだ。

今、その小督の墓はどこだろう。竹林の中だ。

語句

■千那 堅田本福寺の住職。■大津に帰 大津に本福寺の別院があったため、そこに帰った。 ■史邦 中村氏。蕉門。伝未詳。 ■丈艸 元尾張犬山藩士。引退して蕉門に入った。 ■峨峯 嵯峨の山の峯。 ■鳥魚 うぎょ。鳥と魚。 ■就荒 道が荒れ果てているので。「三径荒に就く」(陶淵明「帰去来辞」)による。 ■野人居 野人の住居。 ■枝頭 柿の枝をさす。 ■赤%#34412;卵 赤く熟した柿の実をさす。 ■堪 じゅうぶんである。 ■分題 柿の葉に文字を書くこと。柿の葉に字を書くことは『伊勢集』に見える。また唐の鄭虔は家が貧乏だったの紙を買えなかったが柿の葉に字を書いて稽古した。そのかいあって詩書家として大成した。 ■強攪怨情出深宮 小督が平清盛を恐れて、あえて不本意ながら宮中を出て嵯峨に隠棲したことをさす。


史邦

芽出しより二葉(ふたば)に茂る柿の実(さね)

途中吟 丈艸

杜宇(ほととぎす)啼(なく)や榎(えのき)も梅桜

黄山谷之感句(こうざんこくのかんく)

杜門覔句陳無己(もんをとぢて くをもとむ ちんなき)、対客揮毫秦少游(きゃくにたいして ふでをふるう しんしょうゆう)。

乙州(おとくに)来(きた)りて武江(ぶこう)の咄(はなし)。並(ならびに)燭五分(しょくごぶ)俳諧一巻。其内に、

半俗の膏薬入は懐に

碓氷(うすい)の峠馬ぞかしこき 其角」

腰の簣(あじか)に狂はする月

野分(のわき)より流人に渡す小屋一(ひとつ) 同(おなじく)」

宇津の山女に夜着を借て寝る

偽せめてゆるす精進 同(おなじく)」

申ノ時計(ばかり)より風雨雷霆(ふううらいてい)、雹降る。雹の大いさ三分匁(さんふんもんめ)有(あり)。大なる、からもゝのご〔と〕く、小きは柴栗のごとし。龍(りょう)空を過る時雹降。

現代語訳

史邦

芽出しより二葉(ふたば)に茂る柿の実(さね)

(ここ落柿舎では、その名の通り柿が豊かに実る。柿の実から出た芽は、もう勢いよく二葉に茂っている)

歩きながら吟じた句 丈艸

杜宇(ほととぎす)啼(なく)や榎(えのき)も梅桜

ほととぎすが榎の木のところで鳴いている。夏の鳥であるほととぎすに夏の木である榎はぴったりだ。春の鳥に梅や桜がぴったりなように。

黄庭堅の句で感銘を受けたもの。

詩人陳無己は門を閉じて家に引きこもって句を求め、秦少游は客に会うことで発想を得て筆をふるった。

乙州が来て江戸の話をした。ならびに燭五分俳諧(蝋燭が五分燃える間に一巻をなす)を一巻行った。その中に、

半俗の膏薬入は懐に

(半俗半僧の人が膏薬入れを懐に入れている)

碓氷(うすい)の峠馬ぞかしこき 其角」

(その半俗半僧の人を乗せた馬が碓氷峠をうまい具合に越えていく)

腰の簣(あじか)に狂はする月

(そこへ通りかかった腰に籠をつけた漁師とおぼしき男が、折からの名月に興奮して舞い踊っている)

野分(のわき)より流人に渡す小屋一(ひとつ) 同(おなじく)」

(嵐で壊れた小屋が一つ。そこには流人がすみついている。前の句の漁師から、磯部の風景を連想した)

宇津の山女に夜着を借て寝る

(そのうちに東海道の宇津の山にさしかかった。今夜は女に寝間着を借りて寝る)

偽せめてゆるす精進 同(おなじく)」

(女は男を泊めることを拒むが、男は今日は精進日だから間違いはおこらないと嘘をついて強引に泊まる。そして、女は男の侵入を許してしまった)

申の時(午後四時から五時)ぐらいから風吹き雨ふり雷が鳴り雹が降る。雹の大きいのは杏子のようで、小さいのは柴栗のようだ。

雹の大きさは三文匁ある。龍が空を過ぎる時雹が降るというが。

語句

■黄山谷 中国宋代の詩人黄庭堅。 ■感句 感銘を受けた句。 ■陳無己 陳師道。詩人。 ■秦少游 秦観。詩人。 ■武江 武蔵の江戸。 ■燭五分俳諧 蝋燭が五分(1.5センチ)燃える間に一巻の句を作ること。 ■半俗の… 膏薬入れはふつう腰帯に入れるが、半俗半僧の姿なので腰帯がないので、懐に入れている。 ■簣 竹や葦で編んだ籠。 ■狂はする月 名月がうかれた人が舞い踊っている感じ? ■宇津の山 静岡の歌枕。『伊勢物語』「東下」で有名。 ■申の時 午後四時から五時ごろ。 ■からもも 唐桃。杏子のこと。

朗読・解説:左大臣光永

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