奥州高館の詩

廿九日 『一人百首(いちにんひゃくしゅ)』奥州高館の詩を見る

晦日(つごもり) 高館聳天星似冑(たかだちはてんにそびえて ほし かぶとににたり)。衣川通海月如弓(ころもがわはうみにつうじて つき ゆみのごとし)。其地風景聊以不叶(そのちのふうけい いささかもってかなわず)。古人といへ共、不至其地時(そのちにいたらざるとき)は不叶其景(そのけいにかなわず)。 

朔(ついたち)

江州(ごうしゅう)平田明昌寺(めいしょうじ)李由(りゆう)被問(とはる)。

尚白・千那消息(しょうそこ)有(あり)。

竹の子や喰ひ残されし後の露 李由

頃日(このごろ)の肌着身に付(つく)卯月哉(うづきかな) 尚白

巷岐(ちまき?)

またれつる五月(さつき)もちかし聟粽(むこちまき) 同(おなじく)

現代語訳

二十九日

『本朝一人一首』の奥州高館の詩を見る。

三十日

高館は天に聳え星は冑に似たり。衣川は海に通じて月弓の如し。

(奥州高館は天に向けてそびえ、星は冑の前立のようだ。衣川は海に通じて月は弓のようだ)

その場所の風景としては、私が実際に見たものとだいぶ違っている。古人といえども、実際に現地に行ってみなければその景色にふさわしくは読めないようだ。

五月一日

近江国明昌寺の住職・李由が来訪した。尚白・千那から手紙があった。

竹の子や喰ひ残されし後の露 李由

(掘り残された竹の子に露がかかっている。人に食われることを免れたものの、これでは食おうにも食われず、使い物にならなくなった)

頃日(このごろ)の肌着身に付(つく)卯月哉(うづきかな) 尚白

(最近は夏衣もだいぶ肌になじんできた。四月も半ば過ぎたからなあ)

ちまき

またれつる五月(さつき)もちかし聟粽(むこちまき) 同(おなじく)

結婚後最初の端午の節句に婿から妻の実家に送る婿粽。その、待ちわびていた五月も、いよいよ近づいてきた。

語句

■一人百首 本朝一人一首。天智天皇から徳川義直まで一人一首ずつ漢詩を採りあげ批評を添えたもの。 ■高館聳天… 芭蕉は元禄二年(1689年)『おくのほそ道』の旅で平泉を訪れた。その際、高館はそれほど高くなく、衣川は海に通じていないことを見ている。

■江州平田 近江国平田。 ■明昌寺 現彦根市平田明照寺。浄土真宗西本願寺派。李由は十四世住職。 ■聟粽 結婚後最初の端午の節句に、婿が妻の実家に送る粽。

朗読・解説:左大臣光永

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