万菊丸

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弥生半過る程、そゞろにうき立心の花の、我を道引枝折となりて、よしのゝ花におもひ立んとするに、かのいらご崎にてちぎり置し人のい勢にて出むかひ、ともに旅寐のあはれをも見、且は我為に童子となりて道の便りにもならんと、自万菊丸と名をいふ。まことにわらべらしき名のさまいと興有。いでや門出のたはぶれ事せんと笠のうちに落書ス。

乾坤無住同行二人

よし野にて桜見せふぞ檜の木笠

よし野にて我も見せふぞ檜の木笠 万菊丸

現代語訳

三月も半ば過ぎる頃、なんとなく花に誘われるように心が浮き立って、その気持ちが私を導く道しるべとなり、吉野の桜を見ようと思って出発しようとしていたところ、例の伊良崎で約束しておいた人が、伊勢で出迎えてくれ、ともに旅寝の情緒を見て、また私のために身の回りの世話をする童子となって道案内になろうと、みずから万菊丸と名乗る。

ほんとうに少年らしい名のありさまで、たいへん面白い。それでは出発に際して戯れ事をしようと笠の裏側に落書きした。

乾坤無住同行二人

天地の間、安住する場所はどこにもない。ただ私とお前。二人あるだけだ。

よし野にて桜見せふぞ檜の木笠

檜笠よ、吉野で桜を見せてやるぞ。

よし野にて我も見せふぞ檜の木笠 万菊丸

檜笠よ、吉野で私も同じく桜を見せてやるぞ。


吉野へ

語句

◆弥生半過る程…一度伊勢から伊賀上野へ戻り、ふたたび吉野を目指して出発した。 ◆枝折…道案内。 ◆いらご崎にてちぎり置し人…杜国。伊良湖崎から船で伊勢に来ていた。ただし保美・伊良古いずれにも杜国は記述されていない。 ●童子 中国で隠者の身のまわりの世話をする少年。また「菊滋童」からの連想。 ◆いでや それでは。 ◆乾坤無住同行二人…天地の間、安住する場所はどこにもない。ただ仏と私と二人あるだけだ。ここでは「二人」は芭蕉と万菊丸(杜国)を指す。

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解説:左大臣光永

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