序章
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百骸九竅の中に物有。かりに名付て風羅坊といふ。誠にうすものゝかぜに破れやすからん事をいふにやあらむ。かれ狂句を好むこと久し。終に生涯のはかりごとゝなす。ある時は倦で放擲せん事をおもひ、ある時はすゝむで人にかたむ事をほこり、是非胸中にたゝかふて、是が為に身安からず。しばらく身を立む事をねがへども、これが為にさへられ、暫ク学で愚を暁ン事をおもへども、是が為に破られ、つゐに無能無芸にして唯此一筋に繋る。西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、其貫道する物は一なり。
現代語訳
私の体全体の中に、一つの抑えがたいものがある。仮にこれを風羅坊…風にゆれる衣の坊主と名づける。実際、薄い衣が風に吹かれすぐに破れてしまう事を言っているのであろうか。かの男は、俳諧を好んで久しい。しまいには生涯取り組むこととなった。ある時は飽きて投げ出そうと思い、ある時は進んで人に勝って誇ろうとし、どちらとも気持ちを決めかねて、このため心が休まることがない。一度は立身出世を願ったこともあったが、この俳諧というもののために遮られ、または学問をして自分の愚かさを悟ろうともしたが、俳諧のために破られ、ついに無能無芸のまま、ただこの一筋をつらぬくことなった。西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、その道をつらぬく物は一つである。
語句
◆百骸九竅…「百骸九竅六臓(りくぞう)【貝+亥】(そなわ)りて存す」(荘子・斉物論篇)。百骸は人間に供わっている百の骨。九竅は九つの穴。「百骸九竅」で体全体。 ◆風羅坊…芭蕉の別号。「風羅」は風にひるがえる衣。ひらひらして地に足がついておらず、頼りないさまを諧謔して言っている。◆狂句…俳諧を卑下したもの。 ◆さへられ…遮られ。 ◆貫道…道を貫くこと。
しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時を友とす。見る処花にあらずといふ事なし。おもふ所月にあらずといふ事なし。像花にあらざる時は夷狄にひとし。心花にあらざる時は鳥獣に類ス。夷狄を出、鳥獣を離れて、造化にしたがひ、造化にかへれとなり。
現代語訳
しかも、俳諧というこの風雅の道は、天地自然にしたがって四季折々の移り変わりを友とすることである。見るものすべてが花であり、思う所すべてが月のように美しいというようでなければならない。見るものに花を感じないなら野蛮人であり心に花を思わないなら鳥や獣と同類だ。野蛮人や鳥獣の境地を離れて、天然自然に従い、天然自然に帰れというのだ。
語句
◆造化…天地自然。「ゾ」にアクセント。 ◆四時…しいじ。四季。 ◆夷狄…野蛮人。