那須与一

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屋島の合戦のさなか。

阿波・讃岐の豪族たちは次々に平家を背き、源氏に従い着きます。
義経軍はいつしか三百余騎に膨れ上がりました。

平家は海にズラリと舟を並べ、源氏は陸地に陣をしいている状況です。

夕暮れになり、「今日の戦は終わりだ」という頃になって、
沖から一艘の小舟が近づいてきます。

「ん、なんだあれは?」

と源氏方が見ていると、
舟には歳十八、九ほどの女官が乗っており、
船板に棒を立てた先に扇を挟んで、源氏方に手招きしています。

義経は後藤兵衛実基を呼び、「あれは何だ」と尋ねます。

後藤兵衛実基は、、
「うまく射ぬいてみよ、ということでしょう。
ただし、大将軍自ら矢面に立ち、相対すならば、
腕達者な者に狙撃させようという計略と思われます。
…そうは言っても、やはり敵の挑戦。扇を射させるべきでしょう」

「うん。誰かおらぬか?」

こうして召し出されたのが、
空飛ぶ鳥も三羽に二羽は必ず射落とす、
下野国の住人、那須与一宗高でした。

義経

「どうだ宗高、あの扇の真ん中を射て、平家に見物させてやれ」
与一「成功は覚束ないところです。射損ずれば後々まで御味方の名誉の傷となりましょう。
私などより、もっと確実な方にお命じになったほうがよかろうと思われます」

義経は怒ります。

「ひとたび鎌倉を発って西国へ赴いたからには、義経の命は絶対である。
少しでも不満のある者は、さっさと立ち去れい」

そこまで言われては仕方無いと、与一は
扇の的を射抜く決意をします。

与一は黒く逞しい馬に乗って水際へ乗り出します。
その与一を見て、味方の武士たちは、
「この若者なら、きっとやりおおせるだろう」と頼もしく思います。

与一は馬を一段(約11メートル)ばかり海へ打ちいれます。
扇の的まではまだ七段ほどもある上、
二月十八日(旧暦)酉の刻(午後六時)のことではあり、
風は激しく波は荒れ、扇の的はひらひらと風にはためいています。

沖には平家が船を並べて見物し、
陸地には源氏が馬の首を並べて見物しています。

沖を見ても、陸地 を見ても、まさに「晴れの場」です。

与一は目をふさいで祈ります。

「南無八幡大菩薩。わが故郷下野国の神、日光の権現、宇都宮、那須の湯泉大明神。
どうか、あの扇の的を射させてください。
もし射損ずるなら、弓を切り折り自害して、人に再び顔向けしない覚悟です。
今一度本国(那須)へお帰しくださるおつもりならば、この矢を外させないでください」

与一が目を開くと、風が吹き弱り、扇の的が射やすくなっていました。

与一は鏑矢を取り、ひき絞ってひょうと放ちます。
与一は小柄ながら腕力が強く、十二束三つぶせの強く放った矢は
浦々いったいに響き渡 るほど風を切って飛んでいき、見事扇を射抜きました。

沖の平家も、陸地の源氏も、いっせいに大喜びしました。

≫次章「弓流」

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