更級日記 現代語訳・朗読つき 全篇徹底解読  | 上総から下総へ

上総から下総へ

原文

門出したる所は、めぐりなどもなくて、かりそめの茅屋の、蔀などもなし。簾かけ、幕など引きたり。南ははるかに野のかた見やらる。東西は海近くていとおもしろし。夕霧たちわたりて、いみじうをかしければ、朝寝などもせず、かたがた見つつ、ここを立ちなむこともあはれに悲しきに、同じ月の十五日、雨かきくらし降るに、境を出でて、下総(しもつさ)の国のいかだといふ所にとまりぬ。庵(いお)なども浮きぬばかりに雨降りなどすれば、おそろしくて寝も寝られず。野中に、丘だちたる所に、ただ木ぞ三つ立てる。その日は雨に濡れたる物どもおほし、国に立ち遅れたる人々待つとて、そこに日を暮らしつ。

十七日のつとめて立つ。昔、下総の国に、まののてうといふ人住みけり。疋布を千(ち)むら万(よろづ)むら練らせ、晒させけるが家の跡とて、深き川を舟にて渡る。昔の門の柱のまだ残りたるとて、大きなる柱、川の中に四つ立てり。人々歌詠むを聞きて、心のうちに、

朽ちもせぬ この川柱のこらずは 昔のあとを いかで知らまし

その夜は、くろとの浜といふ所にとまる。かたつ方はひろ山なる所の、砂子はるばると白きに、松原茂りて、月いみじう明きに、風の音もいみじう心ぼそし。人々をかしがりて歌詠みなどするに、

まどろまじ 今宵ならでは いつか見む くろとの浜の 秋の夜の月

語句

■めぐり 境界。周囲の生垣など。 ■茅屋 茅葺屋根の、みすぼらしい建物。 ■蔀 格子の裏に板を張った戸。多くは上下二枚に分かれ、下一枚は固定しね上一枚は棒で吊り上げられるようになっている。これを半蔀という。 ■見やらる 自然に目に入ってくる。「る」は自発の助動詞。 ■かきくらし あたりを暗くして。「かき」は接頭語。 ■境 上総と下総の国境。 ■いかだ どこか不明。 ■丘だちたる所 丘のような所。 ■立ち遅れたる人々 後始末のために上総に残っていた人々。 ■まののてう 不明。「まの」という土地の「長(長者)」のことか? ■疋布 二反つづきの布。二反=一匹(疋)。 ■むら 反物を数える単位。 ■くろとの浜 千葉県木更津市小櫃(おびつ)川河口付近とすると道順が逆行している。または千葉市中央区能戸(のぶと)より稲毛区に至る一帯という説も。よくわからない。 ■ひろ山 こんな言葉は無い。「ひら山」の誤りか。または「ひろやか」か。 

現代語訳

門出にあたって一時的に滞在した所は、垣根などもなくて、茅葺の仮小屋で、蔀戸などもない。簾をかけ、幕などを引いた。南ははるかに野の末まで見渡せる。

東と西は海が近くてたいそう趣深い。夕霧が立ちわたって、たいそう趣深いので、朝寝などもせず(早起きして)あちこち見ながら、ここを出発してしまうのもひどく名残惜しく悲しくてならなかったが、同じ月の十五日、雨があたりを暗くするほど降っている中、上総と下総の境を出て、下総の国いかだという所に泊まった。

庵も雨水で浮かんでしまうほどに雨が降りなどするので、恐ろしくてちっとも寝られない。野中に、丘のようになっている所に、ただ木が三つ立っている。その日は雨に濡れた多くの物を干して乾かして、上総に後処理のために残してきた人たちが遅れて追いつくのを待つのだということで、そこに一日過ごした。

十七日の早朝、出発する。昔、下総の国に、まのの長という人が住んでいたという。匹布を千むら万むら練らせ、晒させた家の跡といって、深い川を舟で渡。昔の玄関の柱がまだ残っているということで、大きな柱が、川の中に四つ立っている。それを見て人々が歌を詠むのを見て、私は、

朽ちることもなくこの川柱が姿をとどめていなければ、昔の跡をどうやって知っただろう。

その夜は、くろとの浜という所に泊まった。片方は広い山になっている所の、はるか向こうまで砂浜が白く広がっている。松原が茂って、月がたいそう明るく、風の音もひどく心細い。人々が風情を感じて歌を詠んだりしている中、私も、

今夜は一睡もしないことにしましょう。だって今夜をおいて、いつ見るのです。くろとの浜の秋の夜の月を。

前の章「門出」|次の章「産後の乳母を見舞う



目次
発売中

『伊勢物語』全125段を、10時間半にわたって朗読・解説したCD-ROMです。無料のサンプル音声を公開中。
http://sirdaizine.com/CD/Ise.html

リンク