雨月物語

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上田秋成の「雨月物語」は
五巻五冊に九篇の怪談物語をおさめた、
当時の言い方で「読み本」といわれた短編小説集です。
安永五年(1776)に刊行されました。

タイトルの「雨月物語」は序文に
「雨があがって月が朦朧としている晩に書いた」
とあるのに由来します。雰囲気がありますね。

怪談、といっても「雨月物語」のテーマは
幽霊や妖怪ではありません。

まぁ幽霊も妖怪も出てくるんですが、本質は、
人の執念、執着心です。

執着心のあまりに、ある者は死んでも霊となってあらわれ、
ある者は違う姿に変化し…

人の執着心のすさまじさ、悲しさ、
美しさを描いています。

作者 上田秋成

作者の上田秋成は江戸時代後期の国学者。医者。
大阪曽根崎に生まれますが、詳しい出自はわかっていません。

4歳の時、堂島で紙と油を商う嶋屋に
養子として引き取られます。

この養父が大変いい人で、
幼い秋成を跡取りとして大切に育てました。

養子に入った次の年、秋成は疱瘡(天然痘)にかかり、
生死のさかいをさまよいます。

その時養父は、加島稲荷におまいりし、
どうかあの子を助けてください、殺さないでくださいと
祈ります。

すると、

パァーと光がさして、望みをかなえてあげよう、
お前の子に68歳の齢をさずける

こういう夢をさずかり、秋成は一命をとりとめました。

もっとも両手の一部の指の成長が止まり、
小指のように短いという障害をかかえることになってしまいました。

この手の障害からくるコンプレックスは、
のちのちまで秋成につきまとい、
創作のエネルギーともなったようです。

若い頃は飲んだくれて遊び狂ったりしながら、
一方で俳諧をたしなんだり、イキなところもありました。

24歳で結婚し、翌年嶋屋をつぎます。
前途洋洋て感じですが、
38歳の時、嶋屋が火事で焼けてしまいます。

旦那さまとして一生やっていけるはずが、
人生狂っちゃったんですね。

そこで、上田秋成、38歳にして医者を志します。
すごい方向転換です。
当時の医者というのは漢方医です。

大阪で診療所を開業し、そのかたわら
古典の研究に没頭し「雨月物語」を書きました。

医者とはなったものの、あまり人と接するのは
好きでなかったようです。生活のために
やってるんだが、メンドくせえなあて感じだったんでしょうか。
そんな人に体いじくられる方も、たまったもんじゃないですが。

53歳で隠居し、以後ぶらぶらして暮らしました。
晩年に書いた「春雨物語」もよく知られています。

雨月物語 各話のあらすじ

白峰

西行法師が讃岐国に崇徳院の墓をたずねます。すると、
西行の前に崇徳院の悪霊があらわれ、恨みつらみを語ります。
ここ最近の世の乱れは自分がなしている祟りだと。

崇徳院の悪霊が語ったとおり、この後平家の繁栄はとだえ、
壇ノ浦にほろぼされました。

崇徳院の悪霊の登場シーンは、いい雰囲気です。

「新院」は崇徳上皇のこと。前代の鳥羽上皇を「一院」「本院」というのに対し「新院」といいます。

原文

日は没しほどに、山深き夜のさま常ならね、石の床木葉の衾いと寒く、神清骨冷えて、物とはなしに凄しきここちせらる。月は出でしかど、茂きが林は影をもらさねば、あやなき闇にうらぶれて、眠るともなきに、まさしく「円位、円位」とよぶ声す。眼をひらきてすかし見れば、其の形異なる人の、背高く痩おとろへたるが、顔のかたち、着たる衣の色紋も見えで、こなたにむかひて立てるを、西行もとより道心の法師なれば、恐ろしともなくて、「ここに来たるは誰ぞ」と答ふ。かの人いふ。「前によみつること葉のかへりこと聞こえんとて見えつるなり」とて、

松山の浪にながれてこし船のややがてむなしくなりにけるかな

「喜しくもまうでつるよ」と聞こゆるに、新院の霊なることをしりて、地にぬかづき涙を流していふ。「さてとていかに迷はせ給ふや。濁世を厭離し給ひつることのうらやましく侍りてこそ、今夜(こよい)の法施(ほうせ)に随縁(ずいえん)したてまつるを、現形(げぎょう)し給ふはありがたくも悲しき御こころにし侍り。ひたぶるに隔生即忘(きゃくそしょうそくもう)して、仏果円満の位に昇らせ給へ」と、情をつくして諌奉る。

新院呵呵(からから)と笑はせ給ひ、「汝しらず、近来(ちかごろ)の世の乱は朕(わが)なす事(わざ)なり。生てありし日より魔道にこころざしをかたぶけて、平治の乱(みだれ)を発(おこ)さしめ、死て猶、朝家(ちょうか)に崇(たたり)をなす。見よみよ、やがて天が下に大乱を生ぜしめん」といふ。

現代語訳

そのうちに日は暮れてしまった。奥深い山の夜の様子は尋常ではない。石の床も木の葉の寝具もとても寒く、身も心も冷え冷えとして何となくすさまじい心地がする。

月は出たものの深い林の中に月の光はとどかないので、深い闇の中で物憂い気持に沈み、眠るともなくウトウトしていると、まさしく「円位、円位」とよぶ声がする。

目をひらいて透かし見ると、尋常でない姿の、背は高くやせおとろえた人がこちらに向かって立っている。その顔の様子も、着ている衣の模様も、ハッキリとは見えない。

もちろん西行は仏の道をこころざす者であったから、恐怖など感じず「ここに来たのは誰だ」と答えた。その異形の者は言った。「さっきのお前の歌に答えようとして現れたのだ」

松山に打ち寄せる波に流されるように、私は船に乗ってこんな場所まで流されて、むなしく朽ち果ててしまったよ。

「よく訪ねてきてくたれことよ」という声が聞こえたので、西行はこの異形の者が崇徳上皇の霊であることを知り、地にぬかづき涙を流して言った。

「それにしてもどうして成仏せずお迷いになっているのです。穢れた世から離れて今は浄土にいらっしゃることがうらやましく思えばこそ、今夜はご回向申し上げていたのです。こんなふうに形となってあらわれてくださったのは嬉しいことですが、同時に悲しくもあります。ひたすらこの世のことはお忘れになり、仏の高みへお昇りください」と、西行は心をつくしてお諌めする。

崇徳上皇はからからとお笑いになり「お前は知らぬのだ。近頃の世の乱れは私のしわざである。生前から魔道に心を傾け平治の乱をひきおこし、死してなお、朝廷に祟りをなしている。よーく見ておれ。すぐに天下に大乱を起こしてやるぞ」と言う。

菊花の契り

ひょんなことから義兄弟になった二人がいました。

(兄を赤穴宗右衛門、弟を弟丈部左門といいました)

兄赤穴宗右衛門は、しばらく国許に帰ってくる、来年の重陽の節句にまた会おう
と言って、国許に戻ります。

そして一年後の九月、重陽の節句。

弟丈部左門は老いた母といろいろ歓迎の準備をしてたんですね。

そこへ、

兄が帰ってきた。

でもどうも、様子がおかしい。

実は、自分は幽霊なんだ、国許でいろいろあって
身柄を拘束された。

死んだら魂がスッと抜けて
お前との約束が果たせるかなと思って、
自害して、魂だけ飛んできたのだ。

こういって、兄はスッと消えてしまいました。

弟は兄の国許に行き、兄を自害に追い詰めた敵(赤穴丹治)を
斬り殺して復讐を遂げたという話です。

浅茅が宿(あさぢがやど)

仕事嫌いの農夫がいました。
こんなチマチマ農作業なんてやってられっかと、
妻を置いて都へ登ります。

そして都で絹織物を売ってガッポと儲けますが、
帰り道、盗賊にぜんぶ盗まれてしまいます。

また戦とか病気とか色々あって、
なんやかんやで7年後に国に戻ります。

「もう家は荒れ果ててるだろうな。妻も死んじゃってるだろうか」

すると、もう死んでいると思った妻が迎えてくれます。
まああなた、おかえりなさい。お前元気だったか。
一夜をしみじみと語り合う夫婦。

目がさめると、家は荒れ果て、妻はいませんでした。
ああ…もう妻は死んでいたのか。最期に俺に会いたい一心で、
出てきてくれたんだな、というお話です。

悲しく、身につまされるお話です。

夢応の鯉魚

三井寺に鯉の絵ばかり描く興義という坊さんがいましたが、
病で死んでしまいます。

葬式をしていると、その坊さん興義がガバと生き返ります。

おどろく人々に興義は自分の体験を語ります。

自分は夢の中で、琵琶湖に放たれた。
そこへ、ズボーと鯉の着物をかぶせられた。
あ、鯉だ。俺鯉になっちゃったよということで
気持よく泳いでいた。

しかし腹が減ってきたから、
目の前にぶらさがっていた餌に
くらいついた。

すると、ぐぐーと釣り上げられて、
あっと思ったところで目が覚めたと。

鯉となって気持よく泳いでいる文章が、
とてもテンポいいです。

仏法僧

夢然と作之治という親子が旅の途中、高野山の山中で夜になります。
そこで弘法大使の御堂にこもり夜通しお経を詠んでいると、
外がガヤガヤする声がします。

見ると、侍のなりをした悪鬼の群れが、酒宴をしているのでした。

気づかれた夢然はひっぱり出され、
これは豊臣秀行の一行だと知らされます。

得意の歌を披露させられ、
あわや修羅の世界に引き込まれるかと思った瞬間、
一行の姿はかききえました。

歌のやり取りがポイントとなる話です。

吉備津の釜

怠け者の農家の若者、正太郎が主人公です。

両親は、結婚でもすればマジメになるだろうと、
結婚させます。

嫁の名を磯良といいました。

しかし、結婚式のとき神社で占ってもらうと、
この結婚はよろしくないという結果が出ました。

親は、どうしたもんだろうと心配しましたが、
それでも二人は結婚します。

最初は仲むつまじい夫婦生活でした。
しかし、そのうちに正太郎の遊び癖が出てきました。

正太郎は遊女にはまり、
家庭のことなんか、かえりみなくなりました。

とうとう妻をだまして金を持ち出し、
遊女(名前を「袖」といいます)と駆け落ちします。

だまされたと知った妻磯良はショックで寝こみ、
やがて衰弱して死んでしまいました。

一方、逃げた正太郎は遊女袖の親類のもとに身を寄せますが、
やがて袖は物の怪につかれたようにして死んでしまいます。

そして正太郎自身も、妻の怨霊に呪い殺されます。

クライマックスの御札をはって怨霊をやり過ごそうとする
場面は、後に落語「牡丹灯篭」にもつながっていきます。
(どちらも中国の小説集『剪灯新話』をもとにしています)

蛇性の淫(じゃせいのいん)

美青年が女にしつこく付きまとわれる話です。
ストーカーですね。

いろいろあって二人は夫婦になりますが、
実は女は大蛇で、青年に取り入ろうとして
いたことがわかります。

このままでは殺される!ということで
青年は大蛇を法力で鐘の中にとじこめて、
なんとか助かった、というお話です。

「牡丹灯篭」や「安珍清姫」と通じるモチーフです。

「雨月物語」に収録された9篇の中で最も長く、
私は冗長に感じました。

特に女との出会いまではもっとスピーディーに
展開したほうがいいと思います。

1921年に谷崎潤一郎脚色で映画化されています。

青頭巾

子供の肉を食べて鬼となった住職が、
快庵禅師の一喝によって悟り、青い頭巾と白い骨を残して
消えうせるまでを描きます。

貧福論

金が大好きな武士岡佐内のもとに
ある晩、金の精があらわれ、金のなんたるかを
あれこれ語り合うという話。

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