宇治川先陣

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佐々木高綱が賜った名馬生食。
勢いのある馬で、馬だろうが人だろうが、生きている者なら食らいつく勢いでした。
「すく」は食べるで、生き物は何でも食べてしまうという意味で
「生食」と名づけられました。

一方、梶原景季が賜った名馬磨墨。こちらも生食に劣らぬ名馬です。
全身墨を塗ったように真っ黒なので磨墨と言われていました。

宇治川先陣の碑
宇治川先陣の碑

宇治・瀬田両面からはさみこまれる義仲

京都にいる木曽義仲を討つために、蒲冠者範頼、九郎義経両大将の率いる
討伐軍が鎌倉から京都へ向かいます。

蒲冠者範頼、九郎義経両大将は尾張で落ちあい、ここで
部隊は大手、搦手に分かれます。

1184年(寿永3年)正月 討伐軍 尾張で合流後、二手にわかれる
【1184年(寿永3年)正月 討伐軍 尾張で合流後、二手にわかれる】

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大手蒲冠者範頼三万五千騎は美濃から近江に入り琵琶湖の南を通って瀬田方面へ、

搦手手九郎義経二万五千騎は伊賀を経て宇治方面へ向かいます。

瀬田川と宇治川。二つの川はいわば京都の最終防衛ラインです。
義仲は東と南から追い詰められた形です。

義仲も敵をふせぐため宇治、瀬田両方面に軍勢を差し向け、
橋げたをはずし、川の底に杭を打って、網をはりめぐらしておきました。

義経、部下の度胸をためす

さて、義経軍の中の二人の武将、
佐々木高綱と梶原景季が今回のお話の主人公です。

義経軍は宇治川南岸まで押し寄せてきました。
目の前にはゴゴーとすごい勢いで川が流れています。
ここはとても雰囲気がいい文章なので、原文で見てみましょう。

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比は睦月廿日あまりの事なれば、比良のたかね・志賀の山、
むかしながらの雪も消え、谷々の氷うちとけて、
水はをりふしまさりたり。白浪おびただしうみなぎりおち、
灘(せ)まくらおほきに滝なって、さかまく水もはやかりけり。
夜はすでにほのぼのとあけゆけど、河霧ふかく立こめて、
馬の毛も鎧の毛もさだかならず。
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大将の義経は湖のはたに進み出て、水の面を見渡し、
配下の武将たちの度胸をためすつもりで、言います。

「さあお前たち、どうするか、この流れの速い宇治川を。
下流の淀・一口(いもあらい)方面からまわるか。
それとも水足がおさまるのを待つか」

畠山重忠の発言

21歳の若武者畠山重忠が進み出て言います。

「鎌倉で、よくよくこの川の様子はきいております。
この川は琵琶湖を源とし、待っても待っても水が引くものではありません。
また誰が敵が橋げたをはずしているので、渡ることもできません。
先年の以仁王の乱の時、平家方の武将足利又太郎忠綱は
馬を横一列に並べて、筏のようにして渡したといいます。
この足利又太郎忠綱という者は鬼だったのでしょうか神だったのでしょうか。
否。われわれと同じ人間です。まずはこの重忠が瀬の深さ浅さをはかってみましょう」

1180年(治承4年5月) 足利又太郎の馬筏
【1180年(治承4年5月) 足利又太郎の馬筏】

「うむ。よくぞ申した!」

畠山重忠に任されます。まずは瀬の深さ浅さを測ってみようということで
畠山の郎党たちが軍馬を整えていました。その時、

平等院の北東、橘島のあたりから二騎の馬がバカバカとかけてきます。

梶原・佐々木 先陣争い

先を走る梶原源太景季。後ろを駆ける佐々木四郎高綱。

一目には何ということが無い風ですが、内心はどっちが戦場に一番乗りを
するかで競い合っています。

1184年(寿永3年)正月 梶原景季、佐々木高綱の宇治川先陣争い
【1184年(寿永3年)正月 梶原景季、佐々木高綱の宇治川先陣争い】

後ろを走る佐々木高綱、梶原に声をかけます。

「この川は西国一の大河ですぞ。お気を付けなされ梶原殿、
馬の腹帯がほどけております」

「ぬっ?これはいかん…」

腹帯とは文字どおり、馬の腹にぐるっとまわして止めてある帯です。
梶原は馬から降りて、腹帯を結びなおそうとします。

佐々木はその脇をつうっと走り抜けて、
川へザッと打ち入れます。

佐々木、梶原を追い抜く
【佐々木、梶原を追い抜く】

「た、たばかられたかッ!!」

梶原もあわてて川に打ち入ります。

「佐々木殿、手柄をあせって無様なことになられますなよ。
水の底には敵が仕掛けた大綱がございますぞ!!」

佐々木は太刀を抜き、馬の脚にかかった大綱を
ふつっ、ふつっと打ち切り打ち切り、
生食という名馬に乗っていることでもあり、
一文字にざっと渡って、向いの岸に打ちあがります。

梶原が乗った磨墨はスーーウと流されていって、
はるか下流から打ち上げられました。

対岸についた佐々木高綱、名乗りを上げます!

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「宇多天皇より九代の後胤、佐々木三郎秀義が四男
佐々木四郎高綱宇治川の先陣ぞや。
われと思はん人々は高綱に組めや」とてをめいてかく。
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≫次章「木曽最期」



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