土佐日記

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男もすなる日記というものを女もしてみんとてするなり

男が書くという日記なるものを、
女である私も書いてみようということで、
書くのである。

有名な紀貫之『土佐日記』の書き出しです。

この書き出しにあらわれているように、
女性の立場になって書いているのです。

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作者紀貫之は男性ですが、
架空の女主人公を設定して、
女の視点から書いているんです。

わが国初の日記文学といわれ、
後世の『更級日記』『蜻蛉日記』『和泉式部日記』
『紫式部日記』などに大きな影響を与えました。

土佐日記 あらすじ

四国、土佐国に赴任した貫之が
任期を終え、京都にもどってくるまで55日間の旅
(主に船旅)を描きます。

その帰京の旅を、貫之のそばに仕えた侍女の立場から、
観察するという形で描きます。

笑いあり、涙あり、なかなか人間くさい、
道中記です。

特に、土佐に赴任中に亡くなった愛娘のことを
思って涙するくだりは、思わずホロリとしてしまいます。

なぜ女の立場から書いたのか?

紀貫之が女性の立場になって日記を書いた理由は
本人がズバリ書いてない以上、わかりません。

ただ当時の「日記」というものは、
今でいう日記とはだいぶ違うものでした。

カラオケなう、ランチなう、
そういうことではなくてですね、twitter的なものではなく、
宮中の行事をしるした公式文書の意味合いが強かったのです。

文章もおカタい漢文で書かれていました。
漢文だから、こまやかな心理描写などは向かないんです。

紀貫之は、あえて女の立場で書くことによって、
仮名による自由な文章表現ができると考えたようです。

男は漢字で文章を書くもんだ。
仮名?あれは女が書くもんだ。あんなナヨナヨした文字、
男が書くもんじゃない!

そういう時代に、あえて仮名による新しい表現をさぐる、
文章表現の上での、挑戦だったのかもしれません。

作者 紀貫之について

紀貫之は「土佐日記」の作者として、
また「古今和歌集」の編者として有名です。

醍醐天皇の勅命で、紀友則、壬生忠岑、凡河内躬恒らと共に
『古今和歌集』の編纂にたずさわります。

延喜5年(905年)に完成した『古今和歌集』は
天皇の勅命で編纂される「勅撰和歌集」の最初のものであり、
後につづく八大集、

『古今和歌集』『後撰和歌集』『拾遺和歌集』『後拾遺和歌集』
『金葉和歌集』『詞花和歌集』『千載和歌集』『新古今和歌集』

これら八大集のさきがけとなりました。

紀貫之はこの『古今和歌集』の序文として
「仮名序」を書いています。

『古今和歌集』「仮名序」には
和歌が人の心を高めることが書かれており、
和歌の歴史に大きな影響をあたえました。

また紀貫之自身もたいへんな歌人で、
百人一首にも歌が採られています。

人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける

土佐日記 書き出し

原文

男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。
それの年の師走の二十日あまり一日の日の、戌の時に門出す。そのよし、いささかにものに書きつく。

ある人、県の四年五年果てて、例のことども皆し終へて、解由など取りて、住む館より出でて、船に乗るべきところへわたる。かれこれ、知る知らぬ、送りす。年ごろよくくらべつる人々なむ、別れがたく思ひて、日しきりにとかくしつつ、ののしるうちに夜更けぬ。

二十二日に、和泉の国までと平らかに願立つ。藤原のときざね、船路なれど馬のはなむけす。上、中、下、酔ひ飽きて、いとあやしく、潮海のほとりにてあざれあへり。

現代語訳

男もするという日記というものを、女である私もしてみようということで、するのだ。
その年の師走の二十一日の午後八時ごろ出発する。その旅の様子を、少しばかり書き付ける。

ある人が赴任先での四五年の任期を終え、ひきつぎなども全てすませて、任期終了のしるしである解由状なども受け取って、住んでいる館を出発して船着場へ向かった。かれこれ、知る人も知らない人も見送りに出てきた。

中でも長年親しくつきあってきた人々は、別れを惜しみ、一日中なんのかのと用事をして、大騒ぎで送別しているうちに、夜は更けていった。

二十二日、和泉の国まで道中お守りくださいと願立てをする。藤原ときざねが馬のはなむけをしてくれた。だが船路なのに馬のはなむけというのも妙な話だ。

身分の貴賎に関係なく、みんなでトコトン飲んだ。おかしなことに、潮海のほとりなので「あざる」…つまり魚が腐るはずも無いのにみんなしてあざれあった(ふざけあった)。

二十三日。八木のやすのりという人があった。この人は国司庁でそれほど重く用いた人ではなかったのに、とても立派な態度で見送ってくれた。

私の主人である前国司の人柄のせいだろうか。地元の人の心の常として、去る者をわざわざ見送りにきたりしないものだ。しかし心ある人は気兼ねせずにこうして来てくれるものだ。

これはなにも、いいものを餞別してくれたからといって誉めているわけではない。

二十四日、国分寺の僧が見送りに出てきてくださった。だれも彼も、身分に関係なく、子供に至るまで酔っ払って、「一」という文字さえしらない者が、フラフラになってその足を「十」文字に踏んで、遊んだ。

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