? 聴いて、わかる。平清盛 平等院の戦い

平等院の戦い

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足利又太郎忠綱の名乗り

敵の前にまっ先に躍り出た足利又太郎忠綱、
名乗りを上げます。

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「とほくは音にも聞き、ちかくは目にも見給へ。
昔、朝敵将門をほろぼし、勧賞かうぶッし俵藤太秀里に十代、
足利太郎俊綱が子、又太郎忠綱、生年十七歳、
かやうに無官・無位なる物の、 宮に向ひまゐらせて、
弓を引き矢を放事、天のおそれすくなからず候へども、
弓も矢も冥加のほども、平家の御身のうへにこそ
候らめ。三位入道の御かたに、われと思はん人々は、
よりあへや、見参せん」
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足利又太郎忠綱、17歳、
勇ましく名乗りを上げて平等院の中へ駈け込んでいきます。

川の反対側にいた平家軍も「つづけや者ども」
大将軍知盛の下知を受けて、2万8千騎、宇治川にざぶと
乗り入れ、一気にわたってきます。

平等院の戦い

平等院は、藤原道長が別荘として築いたものを、
その子頼通が永承7年(1052年)、寺院として改築しました。

この平家物語の時点より130年ほど昔のことです。

平等院付近
平等院付近

中島にある阿弥陀堂は、「鳳凰堂」として、
十円玉の裏の絵柄でも有名ですよね。

屋根の両端に伝説上の鳥鳳凰の像をいただき、
また建物全体が鳳凰が羽を広げたように見えることから、
江戸時代以降「鳳凰堂」と呼ばれるようになりました。

源三位入道頼政は70すぎての戦ですから、
さすがに無理がたたったと見え、
左の膝頭を矢で射られます。

平等院で心静かに自害しようと、
門の内へ引き退いていくところへ、

平家方の武者たちが、

「そこなるは源三位入道殿とお見受けいたす!」と、
襲い掛かってきます。

次男兼綱・嫡男仲綱の最期

頼政の次男兼綱がぱからっぱからっ馬で駆けてきて、
ガチーン!刀をとめて、
「父上!このすきにお逃げください」
いやっ、でやっ、たーと父をかばって戦い
時間を稼いでいるところへ、
ひょうと飛んできた矢がぷすっと兼綱の顔にささります。

兼綱がよろめいた所へ、走ってきた平家方が、
馬をならべて、ドターと次男兼綱を引き落とすと、

兼綱は、顔に矢がささって痛手を負いながらも、
平家方をばっと取り抑えて
首をかっ切り、立ち上がろうとしたところに、

「取り押さえよ!!」

平家方の武者たち十四五騎、
いっせいに馬から飛び降り、次男兼綱を取り押さえ、
とうとう兼綱は首を取られてしまいます。

嫡子伊豆守仲綱も全身傷だらけになって戦い、ついに
平等院の観音堂という建物のところで自害しました。

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頼政の最期

頼政は、70歳すぎて、次男と嫡男が目の前で
討たれるのを見て、どんな胸のうちだったでしょうか。

今日「扇の芝」とよばれる平等院の一角ですわりこんで、
渡辺長七唱という者に首をとらせようとします。

「で…できません!御自害くだされば、その後で
お首をいただきます」

頼政は、「わかった」ということで、高らかに念仏を唱え、
最後の歌、悲痛な歌です。

うもれ木の花咲くこともなかりしに
みのなる果てぞかなしかりける

私の生涯は土に埋もれたままのうもれ木のように
最後まで花咲くことはなかった。そのあげく、こうやって
むざむざと死んでいく。悲しいことだ。

ブスッと腹を掻っ切って、源頼政、
源三位入道頼政、その生涯を閉じました。

以仁王の最期

一方の以仁王は、奈良興福寺との合流をはかり
木津川(きづがわ)沿いに南へ、南へと、逃げていきます。

逃げる以仁王を、平家方の飛騨守景家が追いっかけます。

以仁王の最期
以仁王の最期

光明山寺の鳥居の前を、
30騎ばかりで逃げていく以仁王の一群、
その背中から

「射とれや!」
ババババ!

雨のふるように矢を射かけると、
以仁王の左のわき腹に一本の矢が突き刺さり

「うっあああーっ!」

どっかと馬から落ちる以仁王、そこへ襲い掛かる
平家方の武者たち、
とうとう首掻っ切られてしまいます。

以仁王の乱が残したもの

祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらはす

というわけで、以仁王の乱。
その顛末を語ってまいりました。

打倒平家の令旨を発した以仁王、
また以仁王にくみした源三位入道頼政、
いずれも平家打倒には至らず、
志なかばで悲惨な死を遂げてしまいました。

しかし!

以仁王が発した打倒平家の令旨は
源行家によって全国の源氏にとどけられます。

伊豆の源頼朝、信濃の木曽義仲、甲斐の武田信義、
四国の河野通信、九州の緒方惟栄…
全国の源氏たちが立ち上がり、
やがて平家滅亡へとつながっていきます。

≫続き 「福原『遷都』」



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