遠矢

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渚から放たれた矢

源氏の方に、和田小太郎義盛は弓の名手で、
舟には乗らず渚で馬に乗って控えていました。

弓が強く引けるよう甲を脱いで人に持たせ、
馬の鐙をふんばって、ぐーっと強く弓を引きしぼって、

ひよーーと矢は遠く飛んでいき、
戦っている源平の舟の間をぬって飛んでいき、
ドスッと平家方の舟に突き刺さります。

和田小太郎義盛は渚から平家方の舟に、
「その矢を射返してみよ」と
手招きをします。

新中納言知盛がその矢を見ると、
「和田小太郎義盛」と名前が記してあります。

矢を射返す

知盛は、

「誰かおらぬか。この矢を見事射返す者は」

ややあって、伊予国の住人
新居紀四郎親清(にいのきしろうちかきよ)が
召し出されます。

「でやっ!」

ひよーーと矢は遠く飛んでいき、
戦っている源平の舟の間をぬって飛んでいき、
和田小太郎義盛のうしろ一段あまりのところに控えていた
三浦の石左近の太郎の
左の肘のあたりに突き刺さります。

「ぐはっ!!」

三浦の人たちは笑いました。

「見ろ。和田小太郎が自分ほどの遠矢を射る者は無いと
つけあがって、恥をかいたぞ」

和田小太郎、

「ぐぬぬぬ!!許さん!!」

真っ赤になって、駆けだします。

小舟に取り乗り、沖へ漕ぎ出し、
矢をつがえては引き、つがえては引き、
さんざんに矢を放ったので平家方では多くの者が射殺され、
傷を負いました。

浅利与一

今度は、義経の舟にいずこからか矢が飛んできて、
ぶさっと突き刺さります。

「ぬっ?」

義経が矢の飛んできたほうを見ると、
その者は「射返してみろ」とばかりに
手招きしています。

義経がその矢を引き抜かせて確認してみると、
「伊予国の住人新居紀四郎親清」と
名前が記してありました。

さきほど源氏方の和田小太郎の矢を
射返した男です。

義経は後藤兵衛実基に、

「味方に、この矢を射返せそうな者は無いか」

「それでしたら、甲斐源氏の浅利与一がよいでしょう。
たいへんな剛腕です」

浅利与一が召し出されます。

「この矢を射返せと言ってきた。
お前できるか」
「少々拝借いたします」

浅利与一がその矢を受け取って確認してみると、

「矢竹が少し弱いです。長さも十分ではありません。
私の矢を使ってもよろしいでしょうか」

浅利与一は十五束の強烈な矢を弓につがえてひきしぼり
びょおーーと放つと

矢は遠く飛んでいき、
戦っている源平の舟の間をぬって飛んでいき、
平家の大船の舳に立っていた新居紀四郎親清の胴体の真ん中に、

ドスーーーッ!!

「ぐっはああぁぁぁああ!!」

新居紀四郎親清は船底へまっさかさまに射落とされました。

浅利与一は強弓を射る剛腕として有名で、
二町先を走る猪を射て外さなかったといいます。

舞い降りた白旗

その後、源平の武士は互いに命を惜しまず、
おめき叫んで攻め戦います。

源平、一進一退しますが、
平家方には三種の神器と安徳帝という切り札があります。
源氏方は不安を禁じえませんでしたが…

その時、

はるかの上空からひらひらと流れてくるものがあります。

「ん?」
「何だ?」

はじめは雲かと思われましたが、それは
持ち主も無い一流れの白旗でした。

その白旗が源氏の舟の舳にふれるくらい
近づいて見えました。

義経は

「これぞ八幡大菩薩のご加護!!」

手水・うがいをして
その白旗を伏し拝みました。
配下の者たちも同じようにしました。

海豚の大群

さらに異様なことが起こります。

水面が、

ザバザハザバザバ…

「ん?」
「今度は何だ?」

ザバザハザバザバ…

水面すれすれを何千という群れをなして
泳いでくる黒いものがあります。

「おお…これは…」

イルカの群れです。

宗盛は陰陽師安倍晴信(あべのはれのぶ)を召して、

「これは何かの印か?」

「…この海豚が引き返していきましたら源氏が滅びましょう。
しかし通り過ぎていきましたら平家方が危ういです」

と、言い終わらぬうちに、海豚の群れはゆうゆうと
平家方の舟の下を泳ぎすぎていきました。

「もはやこれまでです」

「やかましい!縁起でも無いこと言いおって」

阿波民部の裏切り

阿波民部重能はここ三か年の間平家に忠義を尽くしてきましたが、
息子田内左衛門を源氏方に人質に取られて、

「もはや、どうにもならん」

裏切りを決めます。

当初、平家方には作戦がありました。

身分の高い人を雑兵が乗る戦船に乗せ、
雑兵を身分の高い人唐舟に乗せ、
源氏方が唐舟を目指して攻めかかってきたところに
取り囲んで討ち取ろうという作戦でした。

しかし、阿波民部重能の裏切りにより
平家方のこの作戦は源氏方に筒抜けとなります。

源氏方は唐船には目もくれず
身分の高い人が乗る戦船ばかりを攻撃してきました。

知盛は地団太を踏みます。

「だから重能を斬っておけばよかったものを!」

しかし、今さら後の祭りでした。

≫次章「先帝身投」

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