壇ノ浦合戦

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志度を追われた平家一門は長門の彦島に到着し
陣を整えます。

勝利の勢いに乗った義経軍は周防まで攻め寄せます。
一方、義経の兄範頼は九州を制圧し、平家の退路を断ちます。

平家一門、長門の彦島へ
【平家一門、長門の彦島へ】

壇ノ浦
【壇ノ浦】

湛増の鶏合せ

熊野三山を統括する熊野別当湛増は、

「平家につくべきか、源氏につくべきか。
えーい、悩んでいてもらちが明かん。
神仏に伺いを立ててみよう」

熊野権現に神楽を奉納して伺いを立てたところ、

「白旗につけ」

とのことでした。源氏方につけ、ということです。

それでも湛増はまだ心配で、
今度は闘鶏で占います。

赤い鶏七羽、白い鶏七羽を
熊野権現の前で戦わせると、
赤い鶏は一つも勝たず、
白い鶏がぜんぶ勝ちました。

熊野水軍 参戦

「間違い無い。源氏に付けとのお告げだ。
我らはこれより、源氏につく!」

「おおーーッ!!」

湛増は一族の者どもを招集し
その数2000で200艘の舟に乗り、
若王子の御神体を舟に乗せて、
旗には熊野権現の守護神金剛童子を描き、
壇ノ浦にゆったりと漕ぎ寄せると、

源氏も平家もこれを見て、
ともに拝みます。

しかし、熊野の船団はすーっと源氏の方へ
付いたので。

「おお」「ああ」

平家方からは落胆の声が漏れました。

さらに伊予の豪族河野通信が150艘を率いて
熊野水軍と合流しました。

源氏の舟は三千艘あまり。
平家の舟は千艘あまりとなりました。

源氏の船団は満珠島(まんじゅしま)を中心に3000艘が集結し、
一方平家の船団は長門国彦島に集結していました。

源平の間は8キロほどへだたっています。

潮は西から東へ流れ、
したがって平家方に有利、
源氏方には不利でした。

元暦二年三月二十四日の卯の刻、
御前六時を矢合わせと決めます。

義経と梶原のいさかい

3月24日の早朝、
義経と梶原の間で、いさかいが起こります。

「今日の先陣は、梶原にお命じください」

「いや、先陣を切るのはこの義経と、
もとより決めている」

「殿!何をおっしゃいますか。
殿は大将軍ではござりませぬか」

「大将軍?お前こそ何を言っている。
鎌倉殿の他に大将軍があるのか。
義経は一武将にすぎぬ。
先陣を切るのに、何の問題があろうか」

それを聞いて梶原は吐き捨てるように言いました。

「もともとこのお方は、
人の上に立てるような方では無いのだ」

(「天性この殿は、侍の主にはなり難し」)

義経はこれを聞きつけて、

「待て梶原。何と言ったか!」

太刀の柄に手をかけます。

梶原も、
「梶原が主人と仰ぐのは鎌倉殿のみです」
と、太刀の柄に手をかけます。

「およしください。御屋形さま、梶原殿」

あわてて三浦義澄が義経を取り押さえ、
土肥実平が梶原を取り押さえ、二人を引き離します。

「平家との合戦という大事を前に、
味方同士争っている場合ですか!
鎌倉殿の耳に入ったら穏やかではありませんぞ」

兄頼朝のことを出されると義経も黙るしかなく、
梶原もしぶしぶ引き下がりますが、
これを機に梶原は義経に遺恨を抱くようになったようです。

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梶原の先陣

元暦二年三月二十四日早朝。

平家方の舟が潮流に乗って出てくると、
梶原は熊手をのばして平家方の舟にひっかけ、
たぐり寄せると

「かかれっ!!」

親子主従十四五人で平家方の舟に躍りこみ、
太刀・長刀でさんざんに斬りまくり、多くの敵を
討ち取りました。

こうして梶原景時が先陣を切り、
ここに壇ノ浦の合戦がはじまります。

開戦

壇ノ浦
【壇ノ浦】

元暦二年三月二十四日早朝、
長門国壇ノ浦にて、源平両方向かい合い、
時の声を上げます。

その声は上は天までも聞こえ、
下は海の底の竜神が驚くほどまで響きわたりました。

平家の総帥新中納言知盛は、
舟の屋形に立ち出で、大声で、

「戦は今日が最後。者ども、少しも退く心あってはならぬ。
日本にも、中国にも、インドにまでも聞こえる名将勇士だといっても、
運が尽きればそれまでのこと。しかし、何よりも惜しむべきは、
名ぞ(名こそ惜しけれ)。

東国の者どもに弱気を見せてはならぬ。
いつのために命を惜しむというのか。
これだけだ。私が思うことは」

そばに控えていた飛騨三郎左衛門景経が、

「わかったか侍ども。大将軍のお言葉を承れ」

上総悪七兵衛景清が進み出て発言します。

「坂東武者は馬上でこそ偉そうな口をきくが、
舟戦の訓練をしているという話はきかぬ。
いわば魚が木に登ったようなもの。何もできはするまい。
いちいち引っ付構えて、海に叩きこんでやろう」

越中次郎兵衛盛継が言います。

「景清殿、どうせ組むなら大将軍の九郎義経とお組みなさい。
九郎は色白で背が低く、歯が出っ歯らしいです。
しかし鎧直垂をひんぱんに着替えるので見分けがつけがたいという話ですが…」

「おうおう九郎義経、どれほどのものぞ。
この景清が、九郎を片脇に挟んで、海に投げ入れてやろう」

知盛、阿波民部重能の裏切りを察知

総司令官の知盛は侍たちへの命令を下すと
平家総帥で兄の宗盛の御前に参って、

「侍どもの士気は高うございます。ただし、
阿波民部重能は心変わりをしたものと思われます。
斬りましょう」

宗盛は、

「何を言うか知盛。さしたる証拠も無いのに…。
重能は平家に長年忠義の者ぞ。
重能、重能を召せ」

阿波民部重能は清盛の信頼厚く、長年平家に仕えてきましたが、
先日の志度の合戦で息子の田内左衛門を源氏方に人質に取られ、
源氏方から寝返りを迫られていました。

宗盛の前に召し出された阿波民部重能は、
あきらかに挙動不審でした。

「どうした重能。
まさか本当に心変わりしたのではあるまいな。
四国の者どもに、立派に戦をするよう命令してくれ」

「はっ、…おまかせ、ください…」

阿波民部重能はぎくしゃくとその場を下がりました。

「あの下郎め、やはり裏切るつもりです。
頸をうち落としましょう」

知盛は刀の柄に手をかけます。しかし宗盛が

「ならん!ならんぞ」

と許さなかったので、知盛は
どうすることもできませんでした。

平家方 緒戦の勝利

知盛は1000艘あまりある船を三手に分け、
進ませます。

先陣は筑前の山鹿水軍500艘、

第二陣は肥前の松浦水軍300艘、

そして第三陣に平家一門の船団200艘が続きます。

先陣を切る山鹿水軍は潮の勢いに乗って攻め寄せ、
さんざんに矢を放ちます。

源氏方3000艘は大将軍義経がみずから先頭の舟に乗って
押し寄せますが、潮の流れに反してのことであり、
また舟戦に慣れていないこともあってか、
鎧にも楯にもメチャクチャに矢を射たてられます。

平家方は
「味方は勝っているぞ!」
陣太鼓を叩き、よろこびの時の声をあげました。

≫次章「遠矢」



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