知明最期

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新中納言平知盛は一の谷の東、生田の森の大将軍をつとめていましたが、
源氏方に打ち破られ、味方はみな逃げ落ち、
嫡子武蔵守知明、お供の侍堅物太郎頼方3騎となって、
沖に停泊している舟に助けを求め、渚を目指して駆けていきました。

生田口
【生田口】

新中納言知盛、武蔵守知明、堅物太郎頼方
【新中納言知盛、武蔵守知明、堅物太郎頼方】

その後ろから、敵が源氏の白旗をはためかせながら
わあわあと追いかけてきます。

目の前に息子を討たれる

侍の堅物太郎は弓の名人で、先頭を駆ける旗持ちの首筋を
ひょうふつと射ぬいて、馬からどうとさかさまに射落とします。

旗持ちが討たれたのを見て、敵の大将とおぼしき者が
進み出て、知盛と組もうと押し並びます。

「父上ーッ!」

父をかばおうと駆けだした嫡子武蔵守知明は、
父に組もうとした敵をひっつかんで、

どうっ

馬から引き落とし、首かっ切り、
立ち上がろうとしたところに

「なにをするかーーッ!!」

駆けてきた敵の童によってズバァと
首を討たれてしまいます。

「わ、若殿!!」

すぐに監物太郎は知明を討った童の上に
覆いかぶさり、その首を討ち取り、
続いて襲いくる敵を相手に

やあっ、てあっ、きえっと、さんざんに戦いますが、
左の膝頭をつっと射ぬかれ、膝をつき、
監物太郎は、そのままの姿で討死を遂げました。

知盛は、目の前でわが子を討たれ、
しかも自分をかばおうとした上のことだったので、
その衝撃は計り知れないものでした。

しかし、知盛はそのまぎれに馬に乗って逃げ出します。

名馬 井上黒

沖に停泊している宗盛の舟まで
馬で漕ぎ寄せますが、漕ぎ寄せてみると
舟の中には人が込み合っていて、
とても馬を入れる余裕などありませんでした。

仕方なく馬を海岸へ追い放そうとすると、
平家方の阿波民部重能が

「敵の馬として使われてしまいます。射殺しましょう!」

「よせ。誰のものにもならばなれじゃ。
わが命を助けてくれた馬ぞ。そのようなこと、とんでもない」

こうやって渚へ追い返すと、
馬は別れを惜しんでかしばしは舟から離れず、
沖の方へと泳いでいきますが、しだいに舟から引き離され、
仕方なく渚に泳ぎ返ります。

渚で、なお舟の方を振り返り、二度、三度、
いななきます。

その後、陸地で休んでいたところを源氏方の川越小太郎重房に
発見され、院に献上されます。

もともとこの馬は院から宗盛に下され、
さらに知盛に預けられたもので、
信濃の井上で育ったため井上黒といいました。

知盛の述懐

知盛は兄宗盛に言います。

知盛と宗盛
【知盛と宗盛】

「息子知明に死に遅れました…。
侍の監物太郎も討たせてしまいました。

どういうわけで、親を助けようと飛び出してきた息子が、
目の前に討たれるのを見て助けもせず、
おめおめ逃げ帰ってこれるかと、
他人のことであれば、さぞかしはがゆく思ったことでしょう。

しかしわが身のこととなると…

よくよく命は惜しいものだと、思い知りました。
一門の人々は、さぞかし私のことをひどい親と思うでしょう。
そのことが、恥ずかしゅうございます」

宗盛、言います。

「父の命にかわってわが命を投げ出した武蔵守の行い…
まことにたぐいまれなことじゃ。
腕も立ち、心も勇ましく、よき大将軍であったものを…。
たしかわが子清宗と同い年、今年は十六であったろうか」

宗盛がそう言ってわが子衛門守清宗の方をながめやり涙ぐむと、
その場に並み居る平家の侍たち、みな鎧の袖をぬらしました。

目の前に息子を討たれ、しかも助けずに逃げた…。

このことは知盛の心の中に深く突き刺さり、
翌年の壇ノ浦の戦いまで引きずることとなります。

≫次章「一門首渡し」

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