熱田

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伊豆の国蛭が小嶋の桑門、これも去年の秋より行脚しけるに、我が名を聞て、草の枕の道づれにもと、尾張の国まで跡をしたひ来たりければ、

いざともに穂麦喰はん草枕

此僧予に告ていはく、円覚寺の大顛和尚、今年睦月の初、セン化し玉ふよし。まことや夢の心地せらるゝに、先、道より其角が許へ申遣しける。

梅こひて卯花拝むなみだ哉

杜国におくる

白げしに羽もぐ蝶の形見哉

ニたび桐葉子がもとに有て、今や東に下らんとするに、

牡丹蘂ふかく分出る蜂の名残哉

現代語訳

伊豆の国蛭が小嶋の僧が、これも去年の秋から行脚していたのだが、私の名を聞いて、旅寝の道連れにしてくださいと、尾張の国まで跡をしたって来たので、

いざともに穂麦喰はん草枕

さあ一緒に穂麦を喰らおう。貧しい旅寝、それくらいの覚悟が必要だ。

この僧が私に告げて言うことには、鎌倉円覚寺の大顛和尚(だいてんかしょう)が今年1月のはじめ、亡くなられたということだ。本当だろうか。夢のような心地がするが、まず旅先から其角のもとに言い送った。

梅こひて卯花拝むなみだ哉

梅の花咲くころに亡くなった大顛和尚の人柄をしのんで、今、目の前に咲いている卯の花を拝んで涙するのだ。

杜国におくる

白げしに羽もぐ蝶の形見哉

蝶が白芥子の花に止まって一時羽を休めて、ふたたび飛び立っていく。その時蝶が羽をもいで芥子の花の上に残していくような、旅の途上、貴方に迎えられそして今またお別れするのは、そんな身を切られる思いです。

ふたたび桐葉子のもとに泊まって、今や東に下ろうという時に、

牡丹蘂ふかく分出る蜂の名残哉

牡丹の蘂ふかくこもって蜜を吸っていた蜂がふたたび花びらを分けて這い出し、よその空に飛んでいく。あなたとお別れするのはそんな辛い思いです。

語句

◆蛭が小嶋…静岡県田方郡韮山町。源頼朝が流された場所として有名。 ◆桑門…僧侶。 ◆円覚寺の大顛和尚…鎌倉円覚寺の住職。美濃出身。芭蕉の門弟宝井其角が禅の教えを受けていた。俳号幻吁(げんあ)。 ◆遷化…徳のある僧が亡くなること。 ◆其角…宝井其角(1661-1707)。芭蕉の最古参の門弟。江戸堀江町の出身。 ◆杜国…坪井氏。名古屋の門弟。米商人。貞享2年(1685年)米の空売買に連座して罪を得て家財没収の上、伊良湖崎に流される。芭蕉は特に杜国を愛していた。芭蕉は『笈の小文』の旅で伊良湖崎に杜国を訪ね再会している。 ◆「白芥子に~」…季語は「白芥子」で夏。旅から旅にわたり歩く自分を白芥子に、旅の途上で休ませてくれた杜国を白芥子に見立てた。 ◆桐葉子…林氏。熱田の旅館の主人。蕉門の俳人。


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解説:左大臣光永



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