富士川

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富士川のほとりを行に、三つ計なる捨子の哀げに泣有。この川の早瀬にかけて、うき世の波をしのぐにたえず、露計の命を待まと捨置けむ。小萩がもとの秋の風、こよひやちるらん、あすやしほれんと、袂より喰物なげてとをるに、

猿を聞人捨子に秋の風いかに

いかにぞや、汝、ちゝに憎まれたる歟(か)、母にうとまれたるか。ちゝハ汝を悪(にくむ)にあらじ、母は汝をうとむにあらじ。唯これ天にして、汝が性のつたなきをなけ。

現代語訳

富士川のほとりを行く時、三歳くらいの捨て子が哀れげに泣いていた。きっと親は自分たちで育てていくことができず、かといってこの急流に赤子を投げ込んで、自分たちだけ浮世をわたっていくことも耐えかねて、露ほどのはかない命が失われてしまう間、捨て置いたのだろう。小萩が秋風に吹き散らされるように、今宵散るだろうか、明日しおれるだろうかと袂から食物を投げてやるに、

猿を聞人捨子に秋の風いかに

猿の声に哀れを感じる人々よ、秋風の中に響くこの赤子の声を、どう感じますか。

いったいお前はどうしたのか。お前は父に憎まれたのか、母に疎まれたのか。いや、父はお前を憎んだのでは無い、母はお前を疎むのではない。ただ天がお前に下した運命の非情を泣け。

語句

◆富士川…山梨・静岡を流れ駿河湾に入る。最上川、球磨川と共に日本三急流の一つ。歌枕。 ◆早瀬にかけて…急流に託して ◆うき世の波をしのぐにたえず…この悲しい世の中の荒波をしのぐことができず。 ◆露計(ばかり) 露のような(はかない命)。 ◆小萩がもとの秋の風…「宮城野の霧吹きむすぶ風の音に小萩がもとを思ひこそすれ」(『源氏物語』「桐壺」)。秋風に吹き飛ばされる小萩に赤子の姿を重ねている。 ◆「猿を聞人~」…杜甫「猿を聞き実に下る三声の涙」(秋興八首)。「猿の声に哀れを感じる人」の意。


野ざらし紀行 地図1

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解説:左大臣光永