須磨

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須磨

月はあれど留守のやう也須磨の夏

月見ても物たらはずや須磨の夏

卯月中比の空も朧に残りて、はかなきみじか夜の月もいとゞ艶なるに、山はわか葉にくろみかゝりて、ほとゝぎす鳴出づべきしのゝめも、海のかたよりしらみそめたるに、上野とおぼしき所は、麦の穂浪あからみあひて、漁人の軒ちかき芥子の花のたえゞに見渡さる。

海士の顔先見らるゝやけしの花

現代語訳

須磨

月はあれど留守のやう也須磨の夏

須磨は秋が一番情緒があると言われている。月は出ているものの夏の須磨は旅人の姿もなく閑散としている。

月見ても物たらはずや須磨の夏

月を見ていても、何か物足りない感じだよ。やはり須磨は秋が一番ということか。

卯月中ごろの空だが、朧な春の夜の風情を残している。はかない短か夜の夜の月もいっそう艶やかに、山のわか葉は早朝の景色の中に黒っぽく見え、ほととぎすが鳴き始めそうな東の空も山ではなく海の方角からはやくも白みかかってくる。須磨寺一帯の上野と思われる所は、麦の穂波が赤らんで、漁師の家の近くには芥子の花が途切れ途切れに見える。

海士の顔先見らるゝやけしの花

今起きたばかりの漁師の顔が、芥子の花の途切れ途切れに咲く、その合間に見える朝の景色よ。


須磨

語句

◆須磨…歌枕。光源氏が政敵右大臣の娘との密会がばれて失脚し流されたこと、在原行平が流され「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつつわぶと答えへよ」と詠んだ。その行平を慕った海人の姉妹松風・村雨の話などで有名。古来寂しい場所の代名詞で、特に秋の寂しさは格別とされる。 ◆「月見ても~」…「物たらはず」は物たりない。 ◆上野…須磨寺がある一帯。


東須磨・西須磨・浜須磨と三所にわかれて、あながちに何わざするともみえず。藻塩たれつゝなど歌にもきこえ侍るも、いまはかゝるわざするなども見えず。きすごといふうをを網して真砂の上にほしちらしけるを、からすの飛来りてつかみ去ル。是をにくみて弓をもてをどすぞ、海士のわざとも見えず。若古戦場の名残をとゞめて、かゝる事をなすにやといとゞ罪ふかく、猶むかしの恋しきまゝに、てつかひが峯にのぼらんとする。

現代語訳

東須磨・西須磨・浜須磨と三箇所に分かれているが、別段何か家業をやっているとも見えない。「藻塩たれつつ」など昔の歌に塩の生成をしたことが詠まれているが、今は塩の生成をしている様子も無い。キスという魚を網で捕って砂の上に広げて干しているのを、烏が飛び来ってつかんで飛び去っていく。

これを憎んで弓で脅すのは漁師のわざとも見えない。もしかしたらここは源平の古戦場なので、その名残でこんなことをするのかと、たいそう罪深く思われる。やはり昔の恋しさに任せて、鉄拐が峯に上ろうとする。

語句

◆藻塩たれつゝ…海藻から塩を生成していたことをさす。「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつつわぶと答えへよ」(在原行平) ◆かゝるわざ…塩を生成すること。海藻に塩水をかけて燃やし、できた灰を蒸留して塩を生成した。「来ぬ人を松帆の浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ」(藤原定家)。 ◆きすご…きす。鱚。 ◆網して…網で捕って。 ◆古戦場…源平の一の谷の古戦場はこのそば。 ◆猶…やはり。 ◆てつがひが峯…鉄拐が峯。「てつかひが峯」が正しい。一の谷の北にある山。


導きする子のくるしがりて、とかくいひまぎらはすをさまゞにすかして、麓の茶店にて物くらはすべきなど伝て、わりなき躰に見えたり。かれは十六と伝けん里の童子よりは四つばかりもをとゝなるべきを、数百丈の先達として羊腸険阻の岩根をはひのぼれば、すべり落ぬべき事あまたゝびなりけるを、つゝじ・根ざゝにとりつき、息をきらし、汗をひたして漸雲門に入こそ、心もとなき導師のちからなりけらし

現代語訳

道案内の少年が山道をきつがって、あれこれいいわけをするのを、さまざまに言いすかして、麓の茶店で何か食べていいよなどと言うと、そこまで言われると少年も断りづらい様子に見えた。

源義経の道案内をしたという熊王という童子が十六歳だったというが、この少年はそれよりも四つほど下であるはずだが、数百丈の山道の道案内として、羊のはらわたのようにくねくね曲がった険しい岩の道をはいのぼれば、すべり落ちそうな事が何度もあったが、つつじ、根笹に取り付き、息を切らし、汗をたくさんかいて、ようやく頂上に至ったのだが、実にあの心もとない道案内の少年先生のおかげというべきだろう。

語句

◆わりなき躰…そこまで言われて断りづらい様子。 ◆羊腸険阻…「羊腸」はまがりくねっていること。「険阻」はけわしいこと。 ◆岩根…岩道。 ◆ねざゝ…根笹。山野に自生する丈の低い笹。 ◆雲門…雲の出??\りする門。転じて高い山。 ◆導士…ここでは道案内の少年のこと。◆けらし…詠嘆。芭蕉が好んで使う語。


須磨のあまの矢先に鳴くか郭公

ほとゝぎす消行方や嶋一つ

須磨寺やふかぬ笛きく木下やみ

明石夜泊

蛸壺やはかなき夢を夏の月

現代語訳

須磨のあまの矢先に鳴くか郭公

須磨では烏を脅すのに弓を使う。その弓につがえた矢の先で鳴いたのは、ほととぎすだろうか。

ほとゝぎす消行方や嶋一つ

ほととぎすが消え行く方角を見ると、島が一つぽつんと浮かんでいる。百人一首の「ほととぎす鳴きつる方をながむればただ有明の月ぞ残れる」の情緒が胸にせまる。

須磨寺やふかぬ笛きく木下やみ

平敦盛の故事の伝わる須磨寺。木の下の闇を見ていると、誰が笛を吹くわけもないのに笛の音が響いてくるように思われる。

明石に夜泊まって、

蛸壺やはかなき夢を夏の月

夏の夜は短く、月がもう中空にのぼっている。この短い夏の夜の間、水底では蛸壺の中で蛸短い夢を結んでいるのだ。明日は捕らわれる、はかない命とも知らないで。


明石

語句

◆「須磨寺や~」…「須磨寺」は福祥寺の通称。平敦盛が戦場に持ち込んでまで吹いたという小枝(青葉の笛)を所蔵する。『平家物語』や謡曲『敦盛』にある逸話。神戸市須磨区須磨寺町。 ◆「蛸壷や~」…「明石夜泊」の前書きは張継「楓橋夜泊」をふまえたか。夏の夜の短さに命のはかなさを重ねた秀句。

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解説:左大臣光永

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