道中

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旅の具多きは道さはりなりと物皆払捨たれども、夜の料にとかみこ壱つ、合羽やうの物、硯・筆・かみ・薬等、昼笥(ひるげ)なんど物に包て後に背負たれば、いとゞすねよはく力なき身の、後ざまにひかふるやうにて道猶すゝまず。たゞ物うき事のみ多し。

草臥て宿かる比や藤の花

現代語訳

旅の荷物が多いのは道々邪魔になるから皆うち捨てたのだが、寝具のかわりにと紙衣ひと重ね、合羽の類、硯・筆・紙・薬など、昼の弁当など包みに包んで後に背負ったところ、たいへんすねが弱く力無い身であるから、後ろに引っ張られる感じで、道がちっとも進まない。ただ憂鬱なことばかり多い。

草臥て宿かる比や藤の花

一日中歩き通して、くたくたになり、夕暮れ時。そろそろ宿を借りようかと探していると、藤の花がふと視界に入った。だらんと下がった藤の花。まるで今の私のように疲れた感じだ。

語句

◆夜の料…夜具。寝具。 ◆かみこ…紙衣。紙でつくった衣。それを布団の代用にした。 ◆昼笥…昼餉。昼の弁当。 


初瀬

春の夜や籠リ人ゆかし堂の隅

足駄はく僧も見えたり花の雨 万菊

葛城山

猶みたし花に明行く神の顔

現代語訳

初瀬

春の夜や籠リ人ゆかし堂の隅

古来、長谷寺といえば恋の願掛けをする寺であったが、春の夜に一人こもっているあのご婦人は、何を祈っているのだろうか。なんとなく心惹かれる。

足駄はく僧も見えたり花の雨 万菊

雨が降りしきり、桜の花が咲き乱れる中、足駄をはいた僧が静かに歩いていくのが見える。なんとも味わい深いことだ。

葛城山

その昔、役の行者の命令でここ葛城山と金峰山に岩橋をかけたという一言主神。おのれの醜さを恥じて昼間かくれていて夜だけ働いたというが、今すばらしい花の咲き乱れる葛城山の素晴らしい景色を見ていると、醜いなんてうそだと思う。仮にいくら醜いとしても、やはりご拝顔したいものだ。ありがたい神様のお顔を。

語句

◆初瀬…奈良県桜井市初瀬。長谷寺の観音が有名。光源氏が参詣して20年ぶりに乳母右近にめぐりあった話や西行が出家前の妻とめぐりあった話(『撰集抄』)がある。また長谷寺は古来恋を祈る場所だった。「うかりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈らぬものを」(源俊頼朝臣)。


三輪 多武峰

臍峠 多武峰ヨリ龍門へ越道也。

雲雀より空にやすらふ峠哉

龍門

龍門の花や上戸の土産(つと)にせん

酒のみに語らんかゝる滝の花

現代語訳

三輪 多武峰

細峠は多武峰より吉野へ越える峠。

雲雀より空にやすらふ峠哉

峠に上って安らいでいると、下のほうから雲雀のさえずりが聞こえてくる。鳥よりも上に来ているのだ。はるか空の上に来たようで気分がいい。

龍門の滝で

龍門の花や上戸の土産(つと)にせん

その名も中国の龍門の滝と同じ吉野の龍門の滝。そのほとりには花が咲いている。この雄大な風景を酒飲みへの土産話としよう。かの詩仙李白も滝をこよなく愛したというし。

酒のみに語らんかゝる滝の花

酒飲みに酒を飲みながら語ってやろう。このような滝の脇に花まで咲いている、素晴らしい景色を。

語句

◆葛城山…大阪府と奈良県の境にある山。歌枕。修験者の霊場。桜の名所。 ◆「猶みたし~」…「神」は一言主の神。役の行者の命令で葛城山と金峰山(きんぶせん)とに岩橋をかけるが、その時顔が醜いのを恥じて昼は働かず夜だけ働いたという。 ◆三輪…奈良県桜井市三輪町東方の山。額田王の「三輪山をしかも隠すか雲だにも情こころあらなも隠さふべしや」が有名。 ◆多武峰…桜井市多武峰(とうのみね)。 ◆臍峠…細峠。多武峰より吉野へ越える峠。◆龍門…吉野の龍門岳の麓にある滝。


西河

ほろゝと山吹ちるか滝の音

蜻【虫篇+鳥】が滝

布留の滝は布留の宮より二十五丁山の奥也 大和

津国 布引の滝 幾田の川上に有。

箕面の滝 勝尾寺へ越る道に有。

現代語訳

虹河

ほろゝと山吹ちるか滝の音

蜻【虫篇+鳥】が滝

激しく流れる滝の脇で、ほろほろと山吹が散っているなあ。

蜻【虫篇+鳥】が滝

布留の滝は布留の宮(石神神宮)より二十五丁山の奥である。布引の滝は津国幾田の川上にある。大和の箕面の滝は勝尾寺へ越る道にある。

津国 布引の滝は幾田の川上にあり。

箕面の滝は勝尾寺へ越る道にあり。

語句

◆西河…にじこう。吉野大滝とも。吉野川の急流が岩間をみなぎり落ちる。普通の滝のように高いところから流れ落ちるのではない。虹河、虹川とも。吉野郡川上村。 ◆「ほろほろと…」 古来吉野に岸辺の山吹を詠むのは定番。「か」は疑問ではなく詠嘆。 ◆布留の滝…奈良県天理市布留町。◆布の宮…石上神宮。 ◆布引の滝…現神戸市。生田川上流。歌枕。 ◆箕面の滝…大阪府箕面市の滝。歌枕。「大和」は誤り。 ◆勝尾寺…現箕面市にあった。

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解説:左大臣光永

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