旅立ち

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神無月の初、空定めなきけしき、身は風葉の行末なき心地して、

旅人と我名よばれん初しぐれ

又山茶花を宿ゝにして

岩城の住、長太郎と伝もの、此脇を付て其角亭におゐて関送りせんともてなす。

現代語訳

神無月のはじめ(貞享4年10月)空模様は晴れるとも雨ともつかない様子な中、わが身は風に吹かれる木の葉のように行先がわからない気持ちがして、

旅人と我名よばれん初しぐれ

初しぐれが近づくこの時期、私は旅に出発する。行く先々で旅人とよばれようよ。

又山茶花を宿ゝにして

そして、山茶花の咲く各地の宿に、泊まりを重ねましょう。

岩城の住人、長太郎というものがこのような脇句をつけて、其角亭で見送りの宴を開いてくれた。


時は冬よし野をこめん旅のつと

此句は露沾公より下し給はらせ侍りけるを、はなむけの初として、旧友、親疎、門人等、あるは詩歌文章をもて訪ひ、或は草鞋の料を包みて志を見す。かの三月の糧を集に力を入ず。紙布・綿小などいふもの、帽子・したうづやうのもの、心ゝに送りつどひて、霜雪の寒苦をいとふに心なし。あるは小舟をうかべ、別墅にまうけし、草庵に酒肴携来りて行衛を祝し、名残をおしみなどするこそ、ゆへある人の首途するにも似たりと、いと物めかしく覚えられけれ。

現代語訳

時は冬よし野をこめん旅のつと

今は冬ですが、吉野につく頃にはすっかり花の季節でしょう。吉野ですばらしい句を詠んで、ぜひおみやげに持って帰ってくださいね。

この句は岩城の城主内藤家の次男露沾公からたまわったものだが、これを餞別のはじめとして、旧友、親類、門人らが集まり、ある者は詩歌や文章をもってきて訪ねてくれ、あるいは道中の草鞋代を包んで志をあらわしてくれる。

『荘子』には千里先に旅立つには三カ月かかって食料を用意せよとあるが、私は周りの人々のおかげで、そこまで力を入れることもいらなかった。紙衣・綿子などというもの、帽子、足袋といったものが心ゝの贈り物として集まり、霜や雪の寒さにふるえる心配も無い。

ある者は隅田川に小舟を浮かべ、別荘で送別の宴会を開き、私の草の庵に酒と肴を持ってきて道中を祝してくれ、名残を惜しんだりするのは、それなりに立派な人が出発するようでもあると、たいそう物々しく思われたことだなあ。

語句

◆神無月…陰暦十月。貞享4年(1687年)10月。 ◆風葉…風に吹かれる葉。 ◆岩城…岩城国。福島県いわき市。 ◆長太郎。井出氏。俳号由之。内藤家の家臣ともいわれる。 ◆其角…宝井其角(1661-1707)。芭蕉の門人。蕉門十哲の第一の門弟とされる。其角亭は深川木場にあった。 ◆関送り…京都から東国へ旅立つ人を逢坂関まで送ることを言ったが、転じて一般に旅人を見送ること。 ◆「時は冬~」…「旅泊に年を越て、よしゝの花にこゝろせん事を申す/時は秋吉野をこめし旅のつと 露沾」(『句餞別』)。「つと」は土産。 ◆露沾公…岩城平の城主内藤義泰(俳号 風虎)の次男義英。天和2(1682)年若くして隠棲。俳諧に親しむ。西山宗因派だが蕉門とも交流があった。 ◆草鞋の料…草鞋の代金。◆三月の糧…「千里に適(ゆ)く者は三月糧を聚む(千里先に旅立つ者は三ヶ月かかって食料を集めなければならない)」(荘子・逍遥遊篇)。 ◆紙衣…紙製の衣。 ◆綿子…真綿でつくった防寒着。 ◆したうず。シトーズ。足袋。 ◆いとふに心なし…厭う心配が無い。 ◆別墅…別荘。 ◆ゆへある人…立派な人。特別な人。

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解説:左大臣光永

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