方丈記 全章徹底解読 音声つき  | 山中の景気

山中の景気

原文

また麓に一つの柴の庵あり。すなはち、この山守がをる所なり。かしこに小童あり。ときどき来りてあひとぶらふ。もしつれづれなる時はこれを友として遊行す。かれは十歳、これは六十、その齢ことのほかなれど、心をなぐさむることこれ同じ。或は茅花(つばな)をぬき、岩梨をとり、零余子(ぬかご)をもり、芹をつむ。或はすしわの田居(たい)にいたりて、落穂を拾ひて、穂組を作る。もしうららかなれば、峰によぢのぼりて、はるかにふるさとの空をのぞみ、木幡山、伏見の里、羽束師(はつかし)を見る。勝地は主なければ、心をなぐさむるにさはりなし。歩み煩ひなく、心遠くいたるときは、これより峰つづき、炭山を越え、笠取を過ぎて、或は石間(いわま)にまうで、或は石山ををがむ。もしはまた粟津の原を分けつつ、蝉歌の翁が跡をとぶらひ、田上河(たなかみがわ)をわたりて、猿丸太夫(さるまろもうちぎみ)が墓をたづぬ。

かへるさには、折につけつつ桜を狩り、紅葉をもとめ、わらびを折り、木(こ)の実を拾ひて、かつは仏にたてまつり、かつは家づとにす。もし夜静かなれば、窓の月に故人をしのび、猿の声に袖をうるほす。くさむらの蛍は、遠く槇(まき)のかがり火にまがひ、暁の雨はおのづから木の葉吹く嵐に似たり。山鳥のほろと鳴くを聞きても、父か母かとうたがひ、峯の鹿(かせぎ)の近く馴れたるにつけても、世に遠ざかるほどを知る。或はまた埋み火をかきおこして、老いの寝覚の友とす。おそろしき山ならねば、梟の声をあはれむにつけても山中の景気折につけて尽くる事なし。いはむや、深く思ひ深く知らむ人のためには、これにしも限るべからず。

方丈記 地図
方丈記 地図

語句

■山守 山の番人。 ■遊行 ぶらぶら歩く。 ■茅花 ちがや。ススキに似た雑草。 ■岩梨 山地に生えるツツジ科の植物。その実が梨のような味がすることから岩梨とよばれる。 ■零余子 ぬかご。むかご。山芋の葉の付け根にできる球芽。食べられる。栄養がある。 ■すそわの田居 山のふもとの周辺の田。 ■穂組 稲穂を組んで、積んだもの。 ■木幡山 こはたやま。こばたやま。京都伏見にある山。伏見城があった。 ■羽束師 伏見の地名。 ■心遠くいたる時 はるか山の向こうに行ってみたいと思われる時。 ■炭山 京都府宇治市炭山。宇治の東。笠取の西。 ■笠取 山城と近江の国境。笠取山がある。 ■石間 大津の岩間山にある正法寺。通称岩間寺(いわまでら)。 ■石山 大津の石山寺。西国巡礼十三番札所。紫式部が『源氏物語』の着想を得たという伝説で有名。 ■粟津の原 大津市内。琵琶湖のほとり。木曽義仲の最期の地。 ■蝉歌の翁 蝉丸。逢坂の関のほとりに庵を結んで住んでいた盲人。百人一首「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」で有名。 ■田上河 瀬田川・フ東側から瀬田川に流れ込む大戸川の北に上田上(かみたなかみ)、南に下田上(しもたなかみ)という地名があったという。 ■猿丸太夫 万葉集以前の伝説的な歌人。三十六歌仙の一人に数えられ『古今和歌集序文』「真名の序」に「大友黒主の歌は、古(いにしえ)の猿丸大夫の次(つぎて)なり」とあるので、少なくとも大友黒主の生きた平安時代初期よりも、以前の人物。百人一首に「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき」が採られている。 京都府綴喜郡宇治田原町に猿丸神社がある。

■かへるさ 帰り道。「かへさ」とも。 ■故人 旧友。 ■槇 槇の島。宇治市の地名。巨椋(おぐら)池の東岸に位置し、久世郡に属す。 ■おのづから ひとりでに。自然と。 ■山鳥のほろと鳴く 「山鳥のほろほろとなく声きけば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ」(『玉葉集』巻19 行基菩薩)山鳥が「ほろ」と鳴いているのを聞いて、あの世で鳥になった両親が鳴いているように思えるということ。 ■おそろしき山 深い山。うっそうとした山。

現代語訳

また麓に一つの柴の庵がある。そこは、この山の番人が住んでいる所である。そこに小さな男の子がいる。時々来て、訪ねてくる。

もし暇な時はこの子を友としてぶらぶら歩く。向こうは十歳、こっちは六十。年齢差は大変なものだが、心をなぐさめることは同じである。

あるいはチガヤを抜き、岩梨を取り、ぬかごを盛り、芹をつむ。あるいは山のふもと近くの田に至って、落穂を拾って、くみ上げて穂組を作る。

もしうららかに天気のいいときは峰によじのぼって、遠く故郷の空をのぞみ、木幡山、伏見の里、羽束師を見る。この絶景の場所は持ち主がいるわけでもないので、いくら心を慰めていても邪魔が入ることはない。

雨が降って山道が大変だったりせず、心が遠く山の向こうに惹かれる時は、ここより峰つづきに炭山を越え、笠取を過ぎて、或は岩間寺に参詣して、或は石山寺を拝む。もしくはまた、粟津の松原を分けつつ、蝉丸の翁の跡を訪ね、田上河をわたって猿丸太夫の墓をたずねる。

帰り道には、季節によって春なら桜を狩り、秋なら紅葉を求め、わらびを折り、木の実を拾って、あるいは仏さまに差し上げ、あるいは家へ持って帰る土産とする。

もし夜が静かなら、窓から差し込む月を見て旧友をしのび、猿の声に袖をうるおす。くさむらの蛍は、遠く槇の島のかがり火と見まがうほどで、明け方の雨は木の葉吹く嵐と間違えそうになる。

山鳥がほろと鳴くのを聞いても、あの世にいる父か母かと疑い、峰の鹿が近づいてきて馴れているのを見ても、世間から遠ざかったことを実感する。

或はまた長らく起こさなかった火をかきおこして老いの寝覚めの友とする。

深い山ではないので、梟の声をあわれむにつけても、山の中の雰囲気は、季節ごとに尽きる事ない味わいがある。まして私のような無風流なものでなく、物のあわれを知った人ならば、格別なものがあるだろう。

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